文化・芸術

宅八郎のエレクト宣言!

「エレクト宣言」

ボクが歌を歌っているバンド「ハチロック」が、先ほど全国ネット放送のTV番組で紹介されましたね!
ボクも見たけど、かなりカットされていました。まあ、TV業界の諸事情を考えれば仕方がない。ただ、ハチロックのメンバーはみんな個性が強く華がある面白い大物たちばかりなので、今後TVではオンエアされなかったメンバーの「スゴい一面」などの紹介をしていきたいな。大物、華って大事だからね。

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そのハチロックだが、「音源は無いんですか?」と良く聞かれる。実を言うと、カラオケを録音したのはけっこう前のことだ。メンバーのみなさんに伴奏を演奏していただいて録音したのは2曲だ。
以前、ハチロックの練習をした時にドラムスのアクビさんに言われて気づいた。そう言えば今思い出したが肝心の歌を録音していない。伴奏や合唱は、録音スタジオでマイクを立て、ベースのミッシェルさんがシュガー・スペクターとしての高度な科学技術的解決をしてくれたので、ありがたくも申し訳なくも思っている。演奏者や技術者様、おかげさまだ。
その上で歌くらいのためにプロの方をこれ以上わずらわすのはずうずうしい気がする。
秋葉原のヨドバシカメラなら近いので、カラオケ用のマイクを買ってきて、歌は自分で録音してみることにしよう。ということを提案したところ、ミッシェルが「いや、それはちょっと。ウチで録音しましょう」と言い出したので、そんな凄いマイクで録音するほどの歌を歌えないので畏れ多い気持ちもある。
いまだ発表のアテがないのだが、音源はもちろん何らかの形で出したい。
せっかくなら通常のバージョンと、ボクがDJメカヤクザとして、パソコンで音声周波数の波形をいじくったり、電子音を加えたり、独自に工夫を施した「工夫」バージョンの2バージョンをそれぞれ収録したいと考えている。

まだ、何の作業も一切始めていないが、「~~ミックス」というタイトルが先に気になってきてしまった。科学の粋を集め、時代の先端を行っているような感じにすれば何でも良い。「マイコン」や「パソコン」のような何か適当なカタカナが良い気がした。
(きっと親兄弟や親戚からも「お前もようやくソニーやトヨタのような英語で国際的な名前でやるんだね」と祝福してくれるに違いない)

そこでだ。
All About=オールアバウト「テクノポップ」という人を馬鹿にしたサイトで、専門家を自認して、周囲に「先生」と呼ばせている悪徳アメリカ資本企業P&G勤務の音楽評論家・四方宏明の原稿では、たびたび「エレクトロ」だか何だかという気取った専門用語(何やら語尾がいくつも違っていたりもしている)が、何度も何度も出てきていたのを思い出した。
ボクにはその意味が良く分からなかった。
そうだ。ボクは学がないので、英語が分からないのだ。そう言えばハチロックのメンバーのミッシェルはフランス語はネイティブな上に英語も達者だ。
彼からは昔、ミック・ジャガーという人がビートルズとイギリスで英会話した記録があったようなことを聞いたことがあったとも思う。英会話とはすごいあな、とため息をつくハチロー。
英語についての質問と言えば、ミッシェルだ! そうだ、それにミッシェルは確か大卒だったなと思って聞いてみた。

以下は会話だ。
「英語の質問なんだけど、カタカナで答えてね。今、世の中は電化製品であふれてるだろ。電気って英語で何て言うの?」
「何かによりますが、エレクトロニクスとか、電子ならエレクトロンとか、あとはエレクトリック何々とか、エレクトリカル何々とか、まあ色々言い方がありますね・・・」
「エレキ? え、エレク・・、リ、ロ? 長いよ! それでポップのほうは? ポップな感じで」
「ん~・・・、修飾語ですよね・・・」
「いいよ、いいよ、エレクトで。エレクトにしよう」
「宅さんそれは・・、あのー、せめてエレクトロ何々にしていただくとか・・・」
「ダメだ、ダメだ、そんなもん(話が元に戻ったので実は逆上しかけていた)! 
「ラリルレロが入ると言いにくいだろ。庶民には分かりにくい。それに四文字のほうが小気味良いだろう!」

と言うわけで、ハチロックのリミックス・バージョンは「エレクト・ミックス」、さらに今後DJメカヤクザによる作業はすべて「エレクト」というジャンルにするつもりだ。
いや、良く「ハチロック」は「ジャンルとしては何になりますか?」という質問も多いので、この際「エレクト」と答えるよう、メンバー全員に通達しておこう。

これは「エレクト宣言」である!

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初TV出演! 宅八郎バンド・ハチロック、全国へ発信(発進)!

熱烈なる宅八郎ファンのみなさまへ!

ボク、宅八郎は「オタク評論家」としては知られてはいると思いますが、もう何年かの間、音楽活動をしているのを良く知らない方も多くいらっしゃると思います。

具体的には「ハチロック」というバンドのボーカルとして歌手をしているほか、DJメカヤクザを名乗ってDJやリミックス作業をこなしています。

そして、バンド「ハチロック」がついに全国に知られる日がやって来ました!
急な告知になりますが、今度の日曜日、26日夜に全国ネットの年末特別番組にハチロックが出演するのです。以下、詳細です。

年末特番『大追跡!あのニュースのつづき』
放送日 12月26日(日曜日)、夜22時~23時45分
放送局 フジテレビ・関西テレビ(FNN)系列全国ネット

番組司会は千原ジュニアさんと加藤夏希さん。(以下、敬称略)スタジオゲストは加藤あい、大和田伸也、宮崎美子、ケンドーコバヤシ、河本準一。リポーターは有吉弘行、世界のナベアツ、浅越ゴエ、大久保佳代子、椿鬼奴、山崎樹範の各氏になります。

ハチロック出演コーナー「有名人ビフォー/アフター」
リポーター 有吉弘行

テレビ業界の慣例上、守秘義務があって、なかなか告知できなかったのですが、すでにVTR収録は済んでいました。問題の出演コーナーは「有名人ビフォー/アフター」というコーナーで、レポーターは有吉弘行さんでした。
宅八郎の現在、ハチロックのボーカルとしての歌手の姿を「スタジオ練習風景」で、有吉弘行さんから毒舌で迫りまくられました。もちろん、ボクも口では負けてはいませんでしたが、どのように編集されたか、はオンエアで確認するしかありません(苦笑)。なお、スタジオで流されたレポートVTRは6分ほどで、制作サイドによれば、かなり好評だったようです。

ハチロックのメンバーそれぞれの「一言コメント」も有吉さんレポートで収録していきましたので、オンエアに乗ると良いのですが、さてどうなるでしょうか(笑い)。

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写真はそのロケ収録時に撮影したもので、左から「ギター・ヒデ君」「ドラムス・アクビちゃん」「ボーカル(歌手)・宅八郎」「キーボード・キーコちゃん」「ベース・ミッシェル」になります!

この放送を見て、全国からハチロックへの出演依頼があると良いな、と思っています!
みなさん、どうかよろしくお願いします。
12月26日(日曜日)、22時からの放送をぜひ見てくださいませ!

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渋谷系ファッションとは?

「渋谷系ファッションとは?」

先日の日曜日(8月8日)に渋谷からほど近い「三宿」のバー「e-bis」でDJをやらせていただいた。
そのお店のママ(?)をやっている子はmixiではマイミクでもあり、かつて彼女がイベント・オーガナイザーをやっていた時期にはお世話にもなったし、共通の友人・知人も複数いる。まだ若いのに飲み屋の女将(おかみ)とは立派だなあ。
ただ、そのお店は2年前にDJで行ったことがあるものの、あまりどんな感じだったか具体的な記憶がなかった。何か手料理があったような気がしていたので、「バー→小料理屋」みたいな感覚だった。
ただし、DJブースがある小料理屋というのも考えてみれば不思議な気がするが、たいていボクの認識はそのくらいいい加減なもんだ。少なくとも酒場であり、彼女は女将には間違いないだろう。

今回の話では次のような会話が進んでいた。
「じつは、その日はお店の三周年パーティなんですよ。だからスペシャル・ゲストDJとして宅さんをお呼びしたくって」
「ああ、それはおめでとう。ボクで良ければ喜んでお引き受けしたいです。うれしいですよ」
「それから最近、うちのお店では古い曲とか歌謡曲とかが流行っていまして・・・」
「ああ、そうなんだー、すっかり三宿が新宿ゴールデン街みたいになってきてるんですね♪」
「ん? んー、渋谷系とかー・・・」
「えっ!」

あれっ、それって悪徳企業P&Gの責任ある立場にして、大物音楽評論家の四方宏明せんせー野郎が専門じゃなかったっけ。
それに「渋谷系」って確か20年たってないくらい前の話じゃなかったか? ボクは古い曲が流行っていると聞いて、フツーに40~50年前の話だろうと思っていた。
渋谷事情は「上野系」であるボクは良く知らないし、10年一昔とは言うが、ボクはもう48歳になるので、たった20年もたってない時代が「古い」とは思えなかった。上野系はもっと流れる時が遅いよー。

とにかく、良く分からないものの「ボクの上野系DJスタイルで大丈夫なのか、問題ないのか」をママに再確認して、DJ依頼を引き受けることにした。

ところが、前日の夜遅くになって、その子からとてつもないメールが来たーッ!

「どうもー、最近はホントにウチは渋谷系って感じですぅ。明日のパーティも、ファッションはきっと、みんなエビアン・ホルダー下げてやって来ますよ~。〝そんな感じ〟で、宅さん明日はヨロシクお願いしま~す!」

かなりのショックを受けた!「エビアン・ホルダー」って何だ?!
エビアンなら分かる。フランスの飲料水だ。日本では現在は伊藤園の扱いで、硬水だから、小麦粉などを練るのには良いが、基本的に料理には向かない。しかし、「エビアン・ホルダー」となると見当も付かない。多分、エビアンのホルダーだろう。
このあたりは渋谷系の専門家・四方の野郎に聞くしかないな・・・。

しかし、酒場に飲料を持ち込むような失礼が許されて良いのか、渋谷系は? ボクの率直な疑問であった。礼儀知らずという意味で四方宏明にもあらためて疑念はわいた。

ただ、ここでオタク評論家・宅八郎としては頑張っちゃう必要が生じた。ボクには音楽的なことは分からないし、間に合わないから、まず渋谷系ファッションとか、エビアン・ホルダーとかの攻略をすることにしたのだ!
しかも、たった1日ない時間制限内で任務を遂行する必要があるッ(すでに24時間もない)!!

ネットで「エビアン・ホルダー」を検索してみると、やはりペットボトルを持ち歩き出来るように、首からさげるようなモノらしいことは分かった。
しかし、入手しようにもそれらしいものは中々出てこない。包み込まれた保冷用のものはあるが、「中はおフランスのエビアンですよ」みたいに分かるようなものが見つけられないのだ。
「渋谷系はおフランスだ」と何度も何度も先生づら下げて語っていた四方宏明なら解決できるものなのか・・・。

また、仮にAmazonやYahoo!などネット・ショッピングをするとしても、すでに夜中だったから間に合うはずもない(事務用サプライ品などを扱っているアスクルでも受付締め切り時間を過ぎていて無理)。

そこで、ボクは作ってしまうことにした。
ボクのキッチンはかなり多くのものを収納できるようになっていて、ほとんどあらゆる料理(日本以外も)を作れるよう、調味料や料理用の酒や水など、たいていのモノは揃っている。幸いなことにエビアンなら何本かあったハズ。見てみると台所の奥にそれはあった。あ、限定パッケージもの多数発見だ。


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ただし、写真右は冗談で、韓国高速鉄道KTX車内で販売されてる山水ですが(笑い)。

問題はホルダーだ。そこで「エビアン」というロゴが見えるようにするには、もう一回り大きなペットボトルを加工すれば良いのではないかと考えた。ただし、通常の日本のペットボトルは四角形で2リットルと大きいか1.5リットルとデザインが変わってしまうかで、エビアンのような丸いボトルのあの大きさには合わない。
冷蔵庫を探してみたら、同じフランスのスパークリング・ウォーターがあって、形は丸かったし、125clというちょうど良い大きさ。ペットボトルといってもコカ・コーラではないが、くびれを取り入れたようなデザインセンスが光っていた。
そうした女性のボディのような、くびれデザインのために、非常に慎重に、ちょうど良い長さにカッターで切り取って、キリで穴を4つ空けた。そこに梱包用の赤色ビニールひもを頑張って通してみた。梱包ひもが穴を中々通過しないため、実際には時間はかかってしまったのだが、良い感じになった。チープだなぁ(笑い)。


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さらにハードルが高かったのは渋谷系ファッションというヤツだ。
Googleで検索してみたら、「渋谷系ファッション」とは、どうも男性は若手ホスト風、女性はキャバ嬢さん風の「渋谷109っぽいファッション」のようだった。もしかしたら『EGG』みたいな感じ?
しかし、このあたりは渋谷系専門家の四方に聞いてみないと分からないが、何だかちょっと違うような気もした。
上野で言うと、湯島寄りの上野から、御徒町寄りの上野、 昭和通り反対側の東上野の違いのような感じかナ。渋谷系ファッションと言っても、色々あるんじゃねえか、もしかして。

そこで、さらに検索したり、真夜中に電話してもイイ友人などに聞いてみた。そこで、ボクはどうやら酒場の女将の言っていた「渋谷系ファッション」とは〝ヒップホップとユーロビートと昭和歌謡が好きなヤツ〟が着ているような、お洋服ではないか、と感じた。独自のプロファイリングである。

さっそく寝室の押し入れに向かったボク。押し入れの中には普段着ないような服が山ほど入っている。その中に「上に書いたようなヤツ」が着てる服もきっとあるだろう(DJの準備もあるから、外出して買い物する時間はなかったが、家には色々ある)。
ボクのお宅はドラえもんのポケットのように何でもあるようなウチなのだ。

そうだなー、たとえば、余談をしてみよう。

目の前の本棚一つだけの表側(前側)だけでも次のような本や雑誌が並んでる。
・昭和40年代の『明星』とか『平凡』、『セブンティーン』など芸能関連
・『ゲームフリーク』という同人誌やってた学生時代の田尻智君が出てる、古い『LOG IN』(アスキー)
・本だと、名著『金日成は四人いた』(李命英)や『原宿ゴールドラッシュ』(森永博志・ワニブックス)、『夢を食った男たち』(阿久悠・毎日新聞社)などなど数え切れない

・雑誌創刊号だと『ぼくらマガジン』(講談社)や『マニア倶楽部』(三和出版)、『アニメージュ』(徳間書店)、『マンガ少年』(朝日ソノラマ)、『GS』(冬樹社)、『宇宙船』(朝日ソノラマ)、『批評空間』(福武書店→太田出版)、『OUT』『ふぁんろーど』(共にみのり書房)、『i-D JAPAN』(UPU)、『ニャン2倶楽部Z』(コアマガジン)、『ファントーシュ』(分裂前のアニドウ)などなど

・創刊号は見あたらないが、雑誌だと古い『anan』や『POPEYE』、『Olive』(それぞれ平凡出版か社名変更後のマガジンハウス)、『現代思想』、『ユリイカ詩と批評』(共に青土社)、『お尻倶楽部』と『おもらし倶楽部』(共に三和出版)、『JJ 』(光文社)、『HEAVEN』(自販機本)、『Momoco』(学習研究社)、『SFマガジン』(早川書房)や『SMスナイパー』(ミリオン出版)。『投稿写真』(サン出版)、『25ans』(婦人画報社)、『ニャン2倶楽部』(少年出版社か社名変更後のコアマガジン)などなど

・朝鮮語の辞書は複数あるが、最も優れている『朝鮮語辞典』(悔しいが、日本側編集は小学館)

・『宇宙塵』(柴野拓美)、『よい子の歌謡曲』(梶本学)や、『フィルム1/24』(アニドウ)、『COLOSSUS』(竹内義和という人はこのグループにいた事くらいしか実は良く知らない)などの同人誌や、『田中角栄を殺すために記す』(サン書店→奥崎謙三)などの自費出版本など

・不思議本で言うと、原語版『金正日映画芸術論』(朝鮮民主主義人民共和国)とか、修正前の「石に泳ぐ魚」(柳美里の小説処女作)が初めて掲載された、文芸誌『新潮』(94年9月号)もあるね。イチオシなのは絶版本ミステリー『破戒裁判』(高木彬光)かナ(加筆訂正前初版本)→島崎藤村の『破戒』からアイディアを得たと思われる、壮絶な告白法廷劇→絶版になった理由はたぶん皆さんご推察のとおりです(笑い)

あ~、キリがない! 他にもインド料理やタイ料理、和食関連の料理本多数とか色々ですよ、それからいわゆるデジタル関連書籍も!

ビデオテープについて。
・本当に最近観てないので詳細不明だが、ベータ(β1はもちろんEDベータなど)やS-VHSなど数千本あります(一般の方は分からないと思いますが、SONYベータカムのテープやVictorのVCRテープもあります→映像関係のお仕事やテレビ局の方なら分かるでしょう)

パソコン関係について
・各種デバイス(MOドライブも最近は使ってないですね、あとSCSI系とか)、各種ケーブル、変換コネクターなどのパーツ、さまざまなネジや工具など、Mac関係ならけっこう多い。

キッチンについて。
・和食、洋食、エスニック関係大多数。無いスパイスはないくらいです(幻の長胡椒までもあります)。醤油は10本以内におさめましたが、塩は10種類は超えてると思います。豆もいっぱい。油も動物性、植物性問わず、かなり特殊なものまで多数。

変なもの
以前住んでいた一軒家には地下室があったので、分娩台以外の医療器具など相当数ありましたが、すべて処分しました(残念)

ただし、音楽関係について。
・思いの外CDなどはあまり数が無く、アナログのレコードやCDでもすぐに出てくるのは昭和40年代のモノくらい(あと、ジャニーズや服部良一関連)

みなさん、お読み下さってお疲れ様です。
という感じで、ボクの寝室押し入れには洋服の山があるわけです。

着ていないので忘れていたが、大昔にファッション関係の仕事(大手繊維メーカーの外部研究員)をしていたこともあるので、全盛期から考えるとカンが衰えてるけど、まだモード系の直感が働くんだよね、ボクは。
その中でも、「渋谷系ファッション」の今回求められていると思われるものとして、眠っていた「STUSSY」のシャツや「APE」のTシャツなど多数発掘。
たぶん、ブランドとしてはこいつらだろう。


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Tシャツは複数見つけたが、「ハロー・ハチロー」という感じを出したくて、「Hello Kitty」のサンリオとAPEがコラボレートしたものを選んだ。もしかすると珍しいモノかもしれないが、猿ならアニメ『母をたずねて三千里』のアメデオが一番だよね!

それから帽子はどうやら麦わら帽子とかキャップではなく、渋谷系は綿素材のハットかなと想像(本当は麦わら帽子かぶりたかったんですが、ストローハットで思い出すのは森村誠一『人間の証明』ですね)。
渋谷系の靴はスニーカーらしいが、昔、小山田圭吾にもらったスニーカーは色目が上と合わなかったので、コンバースの「ある工場」で最後に作られたモノにした。

それで、何とか「コーディネートはこうでねえと」と、自作エビアン・ホルダーと組み合わせてみた。渋谷系は本当にこれで良いのか、四方宏明 !?


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徹夜作業になりました・・・。

翌日、8月8日夜。ボクは渋谷からほど近い三宿のバーまで行ったのであった。

ところが・・・、ボクを待っていたバーのママ。接客をしている酒場の女将は・・・小学校の体操服にブルマー姿だった・・・!!
これが本当の渋谷系だったのか・・・!!!


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しかし、来る客、来る客、誰一人もエビアン・ホルダーはぶら下げてなかったよ!!!!

一体どうなってるのか、応えろ、四方宏明!!!!!

ボクの姿はお店で爆笑されてしまった始末だった・・・が、DJにせよ何にせよ表現者は笑ってもらえれば最高、それでいいだろうよ。「場」や「空間」、「雰囲気」を作るの大切。


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最後に前回と繰り返しになりますが、今後の告知です。
「宅八郎出没情報」をお伝えします! みなさんヨロシクね♪
夏だ! Summerだ! 夏のハチローだ!!

1.ハチロック「8月14日(土)」
千葉市「鎌取」のレイバーズカフェで、ハチロックのライブがあります。この日は西千葉にある「バー呼吸」が主催する「伝説の呼吸ナイト」イベントがあり、そのトリをハチロックがつとめます!
ハチロックの出演は22時頃から23時頃の予定です。当日は会場から近くの花火大会を眺めることも出来るようですよ♪

チケット 当日のみ ¥2,000

「レイバーズカフェ」
住所 千葉市緑区平山町1933
TEL 043-266-3379
URL http://www1.ocn.ne.jp/~ravers/


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2.メカヤクザ「8月21火(土)」
池袋のライブハウス「Adm」で、「Rockin'Monster Summer Jam2010」というLIVE中心のイベントが開催され、その中で宅八郎a.k.a.h.a.t.a.[DJメカヤクザ]が出演します。イベントは16時15分オープンですが、ボクの出演時間は19時半くらいから20時半くらいまでの予定です。

チケット
前売り ¥1,800 当日 ¥2,000 (+1ドリンク ¥500)

池袋Adm
豊島区東池袋1-22-1GSハイムB1F
TEL 03-3983-9387
URL http://www.adm-rock.com/index02.html


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森高千里さんについて、宅八郎が語る。

http://news.nifty.com/cs/entame/showbizddetail/nikkansp-p-et-tp0-091113-0003/1.htm

http://contents.oricon.co.jp/news/music/70619/full/?from_todaysnews


「あんた、ネットやってんのネ♪」

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森高千里さんについて、です。
本当に語りたいことは最後に記します。
ボク、宅八郎は「オタク評論家」デビューを果たした1990年代も「森高千里人形」で語られることも多かったです。それは昔だけではなく、現在でもそういう面はあります。さらに、もちろん「マジックハンド」というアイテムも同じくではありました。
森高人形で言えば、先日も「アメーバ・ニュース」の取材を自宅で受けた際に、男性記者たっての希望で(30歳前半くらいの彼にとっては「伝説」になっている)、現存する「森高人形」を自宅一室から取り出して見せてあげたら、相当うれしそうに写真撮影していたほどでした(笑い)。

ボクが森高千里さんに注目していったのは、80年代末から90年代初めです。楽曲で言うと『ストレス』で何かを感じて、南沙織さん『17歳』カヴァーで爆発、アルバム『非実力派宣言』で炎上してしまったわけです。

20年近く前、ボクは自分自身の存在が「オタク」というキーワードで時代の注目を浴びつつある中で、当時では世間ではまだ珍しい「フィギュアなるもの」を、原型師さんにお願いして、特注してこの世に一体しかない極めて精巧な森高人形として自作したわけです(量産してませんので、現在の〝価値〟は不明です)。

少し余談をします。
その森高人形を自作した時期を同じくして、ボクはマジックハンドをいつでも持っていたわけですが、じつはその時あの商品はすでに廃盤になっていて市場では一切売られていなかったものです。
ボクがなぜマジックハンドを持ち出したかというと、それには深い意味がありました。
※注・ここから先は、「宅八郎の文章は長い」(確かに長いですが、無料で読めるんですよ)とか、「今来たから三行で教えて」と言うような(それはNews Head Lineとしては重要で正しいのですが)、ただし、それだけでものを知ろうとする若い方は読まなくて良いです。
ボクは敬愛する映画監督スタンリー・キューブリックの古い映画『博士の異常な愛情〜または私は如何にして心配するのを止めて水爆を愛するようになったか〜』の主人公、ストレンジラヴ博士の片手が義手であり、しかも時にコントロールを失って勝手に動いてしまう「その手」を表現しようとして、イマジネーションを発展させて、義手=マジックハンドを持つようになったのです。
そこには「二次元コンプレックス」に近い表現、つまり〝自分はオタクで直接三次元のモノを取り扱えないので、マジックハンドを使います〟みたいなパロディも含んだ独自表現でした(苦笑)。
しかし、ボクがバラエティ番組などでマジックハンドをうれしそうに持っているのを見て、メーカーは再生産を始めて、現在まで続くヒット商品になっています。
(余談、ここまで)

さて、その時期の森高千里さんに、実際にボクが強い興味と関心を抱いて興奮していたのは事実です。しかし「女性として」とは、また意味が違うんですね。
90年代当時、ボクはタレント的な面がありましたから、テレビ番組出演も多く、その収録現場には、アップフロントという芸能事務所の和田さんという方が出入りしていました(現在に至る〝〜じゃん?〟というような若者言葉を広めた側面もある兵藤ゆきさんのマネジメントがらみで出入りしていたと思います)。
その和田さんは後にモーニング娘。をはじめとしたハロー・プロジェクトの仕掛け人として才覚を発揮し、知られるようになっていったようです。当時、ボクはアップフロントに森高千里さんが所属しているのは分かっていましたから、彼に「何とか森高さん御本人にお会いできないか」「お願いします」とお聞きしてみたわけです。それはボクの個人的お願いという意味だけでなく、現実にテレビ局が対談を企画しようとしていたことでもあります。

ところが、回答は「森高千里本人からのお返事ですが」「本人の〝強い意志〟で宅さんには絶対に会いたくない」「ごめんなさい」とのことでした・・・(涙)。でも、しょうがないかもしれないですよねー。自分の「人形」を創って毎日可愛がっているという人間に、不気味な「何か」を感じても仕方がないでしょう・・・(苦笑)。

その頃だと思いますが(年順序に記憶違いがあれば申し訳ないです)、森高千里さんは『私がオバさんになっても』という曲を発表します。
(この時期、森高さんの楽曲はすべて御本人が作詞しています)
その言語感覚は素晴らしいものでした。ボクは当時、20歳代前半の女性からも「〝オバさんになっても〟って、とてもリアル。歌詞の内容もある意味、考えさせられる。男性目線も含めて」と聞いたことも思い出します。
さて、そこで「オバさん」の境界ですが、これは御本人・ファン・それ以外の方では意識が違う可能性もありますが、お子さんも授かって現在では妻として母としての御自身がある森高千里さんは、「オバさん」とも言えるわけですよねー、何か感慨深いです。

そう言えば、思い出しましたが森高千里さんの「衣装」そのものもスタイリストさんに創っていただいて、それを着込んでコスプレしたボク宅八郎が森高さんステージに観客として「参戦」したこともありました。中野サンプラザです。ステージ最前列であまりに目立って応援していたボクにとまどっていたご本人を思い出します(笑い)。

さて。ボクが熱狂していた後の時期になりますが、別に「フラれた腹いせ」とか、そういうワケでも何でもなく、森高千里さんの表現活動には特別興味がなくなって、冷めていったのも事実です(これは「否定」ではないので、御本人にもファンの方にも失礼があったら、本当にごめんなさい)。
具体的には、CMのタイアップもあったかと思いますが、「ビールを飲もう」とか「沖縄に行こう」とか、ドラムを叩き出したり、どんどん彼女がアーチスト化していった頃か、とは思います。
ボクとしては、昭和天皇の「人間宣言」ではないですが、せっかくアイドルが「非実力派宣言」、つまり「人形宣言」してくれたのに、その後に「人形」ではなく〝実力を要求されるであろう〟「人間宣言」をされてしまったようなものですから・・・。

さてさて。
そのように、ボクは冷静な受け止め方があったので、リアルな世界で森高千里さんが俳優の江口洋介さん(一度だけお会いしたことがありました)と、御結婚なさった時も、ボクは動揺するどころか、あまり何も思わなかったです。もちろん、人として素直にお祝いしたい気持ちでしたよ。
ただし、当時どのテレビ局か忘れてしまいましたが、ボクにコメント取材してきたことがありました。その時は、視聴者サービスのつもりで「ボクだけの森高さんが結婚するなんて本当に悔しいですっ! 江口洋介さんより、ボクを選んで欲しかったです! しかし、祝福はしますっ、おめでとうございますー!!」などと応えておいた記憶はあります。メディアも視聴者も、宅八郎にはそう言って欲しかったんでしょっ、望まれる結果は出しますってっ(笑い)。

では、しかし、どうして90年代初期の森高千里さんにボクが感極まってしまったのか。それを具体的に提示します。
ただし、先に言い訳させて下さい。
先だって、マイミク限定で発表したボクの〝ラブレター〟MICOちゃんに触れた文章や、DJメカヤクザとしては島倉千代子さんREMIXを手がけている事実など・・ボクが「熟女マニア」なのではないか、と誤解されかねないのですが、本当にそれはないです(また逆にロリコンとも違う気はします)。
ボクはスパークしている人間、人間が人間を超越していく姿が好きなのだと思います。ボクは自分自身もスパークしていきたいです。

1990年頃、森高千里さんの光り輝く姿には、じつは心の中では「お恵ちゃん」(おケイちゃん)の存在が前提としてありましたーっはっ!
「お恵ちゃん」・・・。
それは松山恵子さんです。すでに2006年に一生独身のまま、お亡くなりになってしまった演歌歌手です(享年69歳)。その「お恵ちゃん」というニックネームは御本人が自分自身のことを指して、「お恵ちゃんはネー、お恵ちゃんはネー」という口グセがありましたから、現在の70歳代以上の方からは認知されているかとは思います。
まだ、お若い時、たとえば着物姿のお恵ちゃんはまあ普通でしたが、1980年代以降から、歌手生活50年を超え、晩年に近づくにつれて、お恵ちゃんはまるで「お姫様」のようになっていきました。
その衣装はスカートの直径が3メートルを超え、重さは30キロにまで達していったのです。王冠やお花畑全開の衣装は見物でした! 物凄すぎるスカートでステージに現れると、歩くだけでそこには巨大な「波」が動くように現れるわけです、そしてお辞儀をするともはや「波間に人間が沈んでいるように見えてしまう」わけです。
晩年は体力的にも大変だったかとは思います。

これは紅白歌合戦で、小林幸子さんや美川憲一さんが演出したステージ衣装のような話じゃありません! あの人たちは1年に一度の紅白のためだけに、まるで舞台セットになってしまって動くことも出来ない・しない、大道具さんの助けを借りての演出だったわけですよ。
しかし、お恵ちゃんは紅白でも何でもないステージでさえ、みずから望んで、本当の笑顔を振りまきながら、素晴らしすぎる衣装を選んでいったんです! この感覚この絵顔この表情こそ、ボクは森高千里のある時期に通じて感じたものだったわけです。

また、お恵ちゃんの名曲「だから云ったじゃないの」での名ゼリフ「あんた、泣いてんのネ」は当時、昭和33年の流行語にもなっています(ボクは生まれてないんですけど・・)。
しかし、その後の時代に歌唱した場合でも、お恵ちゃんはアドリブで「あんた〜〜なのネ」と言い換えたりもしています。
なので、ボクも自分の周辺では良く「あんた、メシ食べてんのネ」「あんた、起きてんのネ」「あんた、お風呂入ってんのネ」「あんた、寝ちゃってたのネ」などなど、発言しまくってました・・・。

ボクは森高千里さんは美人で可愛らしい方だと思いますが、「宅さんはモリタカのルックスや脚線美が好きなんでしょ?」と言われたことはこれまでに数多くありました。しかし、違うんです・・。
リクツは置きましょう。
以下の動画を見ていただければ、ボクの言いたいことは伝わると思います・・・。お恵ちゃんと一時期のモリタカとの類似性をご確認ください。

(森高千里「今度私どこか連れてって下さいよ」→頭に飾られた巨大なリボンに注目)

(松山恵子「だから云ったじゃないの」→名ゼリフ、曲間のアドリブ、お花畑のような衣装に注目)
ボクは起訴されるかもしれないけど、来年も頑張りますよ、宅八郎!

(松山恵子「お別れ公衆電話」→凄すぎるスカートや頭に飾られた王冠に注目、お姫様のようです。曲の最後の最後は、おケイちゃんがお辞儀しますが、完全に「波」の中に〝生き埋め〟になってしまうショッキング・シーンですw)

(同じく衣装に注目。ただし、映像は短いです。一生懸命、超大物の北島三郎さんが盛り上げてます)

どですか・・・。
ボクが森高千里さんにハマった理由がみなさんにもお解りいただけましたでしょうかー?
「アンタ、解ってくれてんのネ!」

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森繁久彌さんご逝去について

満96歳の死でした。若い方、いやボクみたいな40歳代ですら、「ずいぶんご高齢の大物芸能人がお亡くなりになったんだナー」くらいの認識かもしれません。

しかし、ボクは評論家やコメンテーターのように、「森繁久彌の死は〝何か〟の死である」「〝何か〟の死を意味している」というような文章は作文できません。
ただ、非常に深く受け止めるものがあります。そこにはボクが某所で記してきたMICOちゃんのお話なども関係してくるかもしれないな、とも思います。ボクが考えてしまったのは「表現力」とか「狂気とも見える何か」について、です。

訃報を眼にして(耳にして)、すぐに森繁さん御本人にお会いしたことのある芸能人の言葉を思い出していました(それが誰であるかは特に記しません)。話を聞いたのは、確か10年ほどかそれ以上前ですから、それでも森繁久彌さんはどう考えても80歳代であったか、と思います。
ある芸能人の件で、その場に駆けつけてきた森繁さんのお話しでした。「ヨボヨボとした感じでやってきた森繁さんは到底〝老人ぼけ〟しているのではなく、明らかにその深刻な場ですら老いぼれた老人を〝演技〟していて、とてつもなく凄かった」「すべての空気をかっさらっていった」というものでした。要するにぼけているのではなく、〝ぼけ〟をかましていたという話です。

あまりに、世代的に理解できない方には以下のような説明をしておきます。
森繁久彌さんは『徹子の部屋』第一回のゲストで、黒柳徹子さんの胸を触る「セクハラ行為」をテレビカメラの前で行った伝説的な人物であり(何度もそのシーンは再放送されてます)、さらに日本という国で数々の文化勲章を受賞している大変な御方です。俳優としてもコメディアンとしても、偉大すぎる御方でした。

ただし、ここで「芸能人論」「俳優論」「芸人論」、すべてを書き記そうとすると、大変な長文になってしまい、時間もかかってしまうので、避けます。

ボクの活動は音楽に向かっている側面があります。そこで、森繁久彌さんのシンガー・ソング・ライターの部分、しかも一曲についてのみ御紹介します。一発勝負のメモみたいなものです。
作詞作曲・森繁久彌として、最も有名なのは『知床旅情』でしょう。
ただし、これは「オホーツクの船唄→しれとこ旅情→知床旅情」、ほぼすべて同じ曲だと捉えてくださって良いです。

サウンドを考えるのであれば、「音」は以下から聴いて下さい。最も売れたヴァージョンは加藤登紀子さんヴァージョンで、また森昌子さんや、近年では夏川りみさんなどもカヴァーしています。
「歌手」「アーチスト」と言われる方の歌はたいへん歌唱力、実力を感じる素晴らしいものだとは思います。しかし、「狂気」までにはいたっていないかもしれません。
オリジナルは作詞作曲を手がけた森繁ヴァージョンになります。
このサウンドは・・・。すぐに気づかされるのは、女声合唱や録音の不思議さかもしれませんが。
森繁久彌さん御本人の歌唱(音声データ)を数学的に波形で見た場合、「縦軸の正確さ」と「横軸の独自のうねり方」のバランスは特徴的です。
縦軸とはすぐ他人が「音痴」と感じるかどうかであったりします、また横軸も聴く人によっては「音痴」に聴こえなくもないですが、「間」「間合い」というべきものだと思います。ボクはその人の「リズム」や「グルーヴ」だと感じるわけです。
ただ、音楽について深い知識のないボクには解説は困難な面があります。誰か・・・そうだ、山下達郎さんや大瀧詠一さんなどが専門的な解説を語っていただければ、読みたいナーと個人的には思います。

(オリジナル森繁久彌ヴァージョン)

(良く認知されている加藤登紀子さんヴァージョン)

(夏川りみさん&幸田浩子さんライブヴァージョン)

ところで、表現者が持っている真の「情熱」とは、もはや他人には狂気としか思えないものなんじゃないか、とボクは考えています。しかし、社会的評価は別です。それは時として「犯罪」になったり、「文化勲章」になったり、そこは結果論でしかないんじゃないか、とさえ思います。
森繁久彌さんライブ映像であれば、61歳時の動画になりますが、以下の迫力をご覧下さい。これは男声合唱団になってます。

最初の1分ほどは軽く「伊福部昭」な感じを湯船で歌ってみたように見えます。その後に良く耳にするメロディに移ります。
眉毛の動き、眉間のしわ、首のかしげ方、さらに笑っている目つきと笑っていない目つきの使い分け、口元、果てには口ひげさえ動いてしまっているような「表現力」の狂気をお感じ下さい。「笑いながら泣ける人」であり「泣きながら笑える人」がここにいます。
普通に見れば、昭和の名曲を老人がご機嫌に歌っているとお感じになる方もいるかもしれませんが、よくよく見て下さい。
もはや、お客さんを「爆笑させながら、狂い死にさせるパワー」をボクは感じるのです。終盤、早稲田大学生の男性コーラスが左から右へのパンで入ってくる構図など、現在のお笑い番組どころではないですよ。

また、音楽的知識が不足しているボクですが、メロディや音符の何とか進行は、90年以上前の曲「ゴンドラの唄」(1915年)が「元ネタ」かとはおもいます(吉井勇作詞・中山晋平作曲で、この映像でのギター演奏はアントニオ古賀さんです)。
以下の40年以上前の映像では、まだまだ森繁さんはお若いです。この曲は日本映画の天皇・黒澤明監督の名画『生きる』でも有名ですね。ただし、楽曲の「消化」や「展開」のとてつもなさは森繁久彌さんそのものなのです。

ちょっと変わったものが好き、昔で言えばニューウェーブ・マニア、あるいは「サブカル」嗜好など、不思議なもの、どこか狂気を感じさせるものが好きな方が世の中にはいますが・・・。ボクは森繁久彌さんの表現力、これこそ、真の狂気だと考えています。
「笑いながら死にましょう」と森繁久彌さんがあの世から言っている気がします。

ところで、ボクについての例の事件については動きがあれば、書き記します。また、かつてのボク、いや今でさえ森高千里人形で語られることもある宅八郎ですが、どうして「あの時期の森高」にハマったのか、伝える文章も映像資料付きで記したいです。それから、ジャニー喜多川さんが持っている「萌え」についても言及したいです。

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新潮社の作風VS宅八郎の作風(3)

「新潮社の作風VS宅八郎の作風(3)」

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(※筆者注・「糊口」は簡単に言うと〝しのぎ〟〝食いぶち〟ってことで良いかと思います)

現在、絶賛(?)発売中の『週刊新潮』では1ページ人間になった宅八郎です(『ウルトラQ』では「1/8計画」って回がありましたね)。
「とび職」、つまり「Tobi-Shock」。いつでもボクは危険な綱渡りをしているわけです。
すでに昨日までのボクの記述で、新潮社社内でも「何かに気づいた」人間はいるだろう、それは『週刊新潮』編集部でなくともね(フフフッ)。
その「作風」について記述する前に、まずは取材における「風景」を読者に知っていただきたい。そのほうが速いかもしれない。
以下は10月25日午後に行われた『週刊新潮』宅八郎取材の詳細だ。

『週刊新潮』記者(以降、新潮) これまでの宅さんの記事では、「処刑」「殺す」という書き込みは、宅さんの作風・芸風であり、危害を加えるつもりはなかったという見解が紹介されていますが、その点について詳しくお話しをお願いしたい。
宅八郎(以降、宅) 詳しくと言うのであれば、ボクが明けて今日(10月25日)深夜から早朝にかけて3つ記した「見解と声明」という長文にわたる手記を良く読んで下さい。その上でお応えしましょう。
新潮 なるほど。それはすでに読んできています。2ちゃんねるをはじめ、ネット上で「○○を殺す」「○○を爆破する」というコメントを書き込んだ人が脅迫容疑で逮捕されていますね。
 記者さん、待った。爆破の場合は〝脅迫〟でなく、〝業務妨害〟の容疑になると思われます、そこはあなたの法認識の間違い、です。
新潮 ・・・あ、確かにそうですね。なら一般ユーザーの「殺す」という投稿は逮捕されますが、では宅さんの「殺す」というコメントは「表現である」と主張される根拠と、両者の相違点はどこにあるのかを教えていただきたい。
 それについても、詳しく手記に記していると思います。何もボクが「自分だけが特別だと特権的に思っていない」ことは分かるはずです。
新潮 ネオ麦茶のような、匿名で殺人予告をされるのと宅八郎という、顔が見える評論家として「殺す」と書くのでは違う、という解釈でよろしいでしょうか?
 その解釈でも、ほぼかまいません。

ここまでは、予定調和のインタビュー、質問と応えだったとも言える。
その後に、まるで「笑っていない眼」を輝かせるように、『週刊新潮』らしさを濃厚に、まるで獲物をいたぶるような仕草を記者は取り始めるのであった。編集権は相手にある。こちらには、スキを見せるわけにも「つい漏らしてしまった」という失言も許されない。
すべては「現場」のアドリブ、反射神経、スタンド性能の問題だ。
ここからが、「作風」対決の真骨頂である。

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新潮 四方氏について、音楽評論家の「個人情報」をネット上に晒した、という点についてはいかがお考えでしょうか?
 「実名を晒された」って話なら、四方宏明は音楽評論家としての活動を実名でしている人ですからね。会社も知っている。晒すも何もない。または御社から出版されベストセラーになった書籍『電車男』は「匿名性」記述に支えられた表現でもあるわけです。逆に実名による表現もありえます。
新潮 (嬉しそうに)『電車男』はウチから出した本ですね。
 あの本は装幀やタイトルのロゴデザインも秀逸だったと思っていますよ。では話を四方処刑に戻しますね。「社名」うんぬんの話であれば、外資系大手P&Gは「マーケティングに対する自負」で(特に広告代理店やマスコミ筋には)有名な企業です。彼自身、音楽評論家としてはマーケティングの観点からも思考し、活動していた側面があるだろうと、ボクは感じています。もっともメディアにとって巨額の取引高がある、大スポンサーP&G。その名を記すおつもりが御社にあるか、分かりませんが(※注・結果はなかった)。
新潮 話を続けて下さい。
 音楽評論家であれ、何の評論家であれ、発言力のある人間の「お言葉」を支える「何か」を調べて追及していくのも決して無意味なことではないでしょう。ボクが四方宏明批判をしていく上での作風は「生のコンテキスト(文脈)」を視る視点を含んだものだったとも言えます。
新潮 それは?
 ボクだけでなく、一般的にたとえば犯罪報道に顕著ですが、「どこで生まれて、どう育って、何をしている人間が、どのような発言や行動をしているか、したのか」などという意味での情報は出ますよね。卒業文集とか同級生の発言とかも含めて。
仮にそれが何かの「像」を「立体的に視る」ことなのだとしたら、それって、『週刊新潮』の作風にも通じているかもしれませんよ。
この取材そのもの! 今!

新潮 ウチが? 今?
 新潮社、『週刊新潮』の作風・芸風というのは斎藤十一の作風でもあっただろうし、ただしその斎藤スタイルはまた時代によって変わっていった面はあったかとは思いますが、現に引き続いている影響は分からない。御社の社内事情はあなたのほうがお詳しいかと(苦笑)。
新潮 (苦笑)。
 じゃあ、別の例を挙げましょう。ある出版社のベストセラーでその名も『東電OL殺人事件』という本があります。しかし、被害者が殺害された因果関係を考えれば、もしかしたら本来は「渋谷売春婦殺人事件」というタイトルでも良かったかも知れないですよね。勤務先を記さなくとも。殺害された事実と東京電力のOLであったことの因果は薄いわけですから。しかし、『東電OL殺人事件』と題したことは、ある意味で「生の文脈」を重視したんだろうし、それは読者、つまり世間から欲されていた何かの「欲望」による「表現」なのだとは思います。
新潮 犯罪報道であれば、もちろんそうですが、宅さんのなした表現は違うでしょう。
 「報道」は良しとし、個人の表現を否定する特権意識に疑問を感じますが、では、もう一言言います。報道性、速報性を超えて、その出版社はその後になってから『東電OL症候群(シンドローム)』という本さえも出していたはずです。売れるという判断かもしれませんけど、これは一体何でしょうか(笑い)。まさか、東京電力に勤務しているOLさん全員に共通する「病」なのでしょうか・・。さて、その出版社とは新潮社という出版社なわけですがっ!
新潮 「宅八郎節」ですね・・・。

スキあらば、相手は突っ込んでくるだろう。バカじゃない。むしろ逆でボクの頭では、とてもかなわないような優秀で頭脳明晰な御方だ。
マンガファン方々からは怒られてしまうかも知れないが、まるでリアル「DEATH NOTE」だった。それは心理戦、頭脳戦、そう知恵競べという意味で、だ。
世代を変えて例え換えれば、「明智小五郎対怪人二十面相」かなー(苦笑)?
自分の言葉尻のどこをどう「切り出して」書かれるか分からない。じつは記していない誘導尋問も多かった。一手先、二手先、その先さえ読まなきゃならないし、そのまたさらに裏をかかなきゃならないのは大変だよっ。罠と罠の掛け合い。恋のワナワナ。
「サシの勝負」だ。
いつしか、ボクが記者の質問を浴びながら「性器が勃起していたかどうか」、はいずれ世間に知られることになるかもしれません。
しかし、次から「何か」が姿を現す。

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新潮 ほほう。では、宅さんの最近のお仕事について、何をされて生計を立てていらっしゃるのか、お伺いしたい。本誌が過去に宅さんを取り上げた最後の記事はホストクラブ勤務を取材したものです。その後、非常勤になったことまでは存じ上げていますが、現在も指名があれば通っていらっしゃるのか、それとも別の活動を中心にしていらっしゃるのか、生計について教えていただきたい。
 (ふ〜ん、そうか。そここそが今回、最も聞きたいことだったのだね、新潮さん。ボクは心の中でそうつぶやいた)
まず、大きく2つに分けて話させていただけますか。1つはボク自身が本業だと考えている肩書きの問題。もう1つは副業および収入について、です。
ホストクラブ非常勤うんぬんはおそらくWikipedia記述などの誤情報でしょう。それは間違っています。とっくの昔にホストクラブからは足を洗っています。すでに数年も経っていて、今は一切関係していないです。
新潮 「オタク評論家」っていったい何なんです?
 肩書きです。肩書きというのは資格職ではないでしょう。民間ですし。肩書きは自分で名乗った場合に適用されるとは考えていますが、もちろん実績は必要です。なぜなら、読者や世間に対する説得力の問題もありますからね。決して「言ったもん勝ち」だとまでは思いません。ただし、「オタク評論家」とは「オタク分野の物事についての評論家」かもしれないし、「オタク的立場で事象を視る評論家」かもしれませんが、そこは読者の持つイメージにゆだねてます。まあ、テキトーです(苦笑)。

新潮 「評論家」?
 さて、ここで「評論家」という言葉です。岩波書店から出た本だったかなと記憶しますが、「自分は評論家ではなく、批評家だ」とした際の、早稲田大教授・加藤典洋さんの場合もあります。しかし、世間では「評論家」と「批評家」の区分けを明確にしている人が多いとは思わないです。記者さんは今この場で区別して言えますか?
新潮 ・・・・・。
 それだけ、非常に定義はあいまいだと言うことです。「学者」もそうで、必ずしも大学教員を指してはいません。また、文芸評論家の評論はそれ自体が「文学」になるケースもありますから、すると「作家」になるでしょうか。また「経済評論家」などと称されるのを嫌って「○○アナリスト」と名乗っている方もいますね。要するにボクが「オタク評論家」という肩書きを名乗っているのは、ボクの「勝手にしやがれ」です。
新潮 でも「評論家」だと?
 確かに「評論家」という言葉が含まれてはいます。もしかすると、新潮さんや世間には「宅八郎ごときが評論家かよ」と思う方もいるのかもしれないです。ただ、それは高みに立っている、威張っている、エラソーにしているという意味ではないと思います。たとえば、世間一般企業の社長に実行力がなく、自分や社員の会社なのにまるで人ごとみたいな態度を取っている社長の場合は、社員さんたちが悪口・陰口で「ウチの社長、あの人は〝評論家〟さんだからねー」と否定的なニュアンスで使われる場合もありえますからね(苦笑)。
新潮 もういいです! 宅さんが何をされて生計を立てていらっしゃるのか、分かりにくいので、他に何かあれば教えていただきたい。
 音楽活動に移行している面もあります。バンド「ハチロック」はほとんどお金になっていませんが、多少の収入になっているのは、DJ「メカヤクザ」とリミキサーということになります。
新潮 リミキサー?
 要するに楽曲の再編集という理解で結構です。
新潮 音楽評論ではなく、御自身で?
 これは新潮社から小説も出版されている作家であり評論家である方を指していたかと、あいまいに記憶していますが、ビートたけしさんが芸人評論を逆批判して「ガタガタ言ってるなら、おまえがお笑いやってみせろ!」と言って見せたことの共鳴から来ているかもしれません。実践無き評論は四方宏明であり、ボクはそうではないとも言えます。


新潮 では、宅さんが何をされて生計を立てていらっしゃるのか、収入をお伺いしたい。
 (税務署かよ、と思いつつ)複合的な収入にはなりますよ。出版社の方であればご理解いただけるように、今は出版不況ですよね。書店も大変だ。出版社もWebビジネス展開を手がけている傾向はあります。当然、ボクのような立場でも影響は受けます。文章の執筆だけでは食えなくなっているのは確かです。ただ、逆にWebがらみの仕事が発生したり、デザインを含めた仕事になったりすることはあります。ボクの場合、朝鮮語翻訳の仕事もあります。
新潮 それで。
 その他で言えば、イベントプロデュースを手がけていたり、企業の顧問を務めていたりもします。そのため、非常に複合的で一言で言えない面はありますが、まあ「何でも屋」ということで構いません。
新潮 肩書きと言い、何をされて生計を立てていらっしゃるのか、分かりにくいですね。
 では別の例を挙げてみましょう。ネット時代にあって、活字表現媒体は減っているのは事実ですが、下町の職人さんが「最近あまり仕事入ってこないなー」と言っているのと同じかもしれませんし、影響力のあった評論家・平岡正明さんも晩年は連載をお持ちでなかったと思いますが、彼は亡くなるまで「評論家」だったでしょう。もちろん職人さんは職人です。また、政治家が選挙で落選して、いわゆる「浪人中」という場合でも、本人もしくはメディアも「政治家」とするでしょう。

新潮 その話はもう結構です。では、宅さんが何をされて生計を立てていらっしゃるのか、お伺いしたい。
 じつは、とび職のアルバイトもしています。
(すごいな、とボクは思い続けていたが、言わなければならないコトを言うコトにしようと思った・・・)
新潮 「とび職」! それで、それで。それは、それはどういうことです。ぜひ、ぜひ、その話をお聞かせ下さい。
 (ここで食いついてくるわけか。納得したいわけか、と理解したボク)
生活費を稼ぐためです。本業だけで生きていける時代ではなくなっています。時に副業が収入的には多くなることも世の中ではあることでしょう、ボクもそうです。全収入の内、とび職で得た収入の占める割合は大きいです。ただ、本人が考える「本業」と「副業」は異なることもあるかとは思います。
新潮 それはそうですよねー。
 とび職は「親方」ではなく、「下っ端」です。とび職の下っ端です。怒られてばっかりです。
新潮 なるほど、分かりましたー。
 ご理解していただいて、ボクは幸福者(しあわせもの)です!
(新潮社の〝ご理解を理解〟できて、ね)

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しかし、新潮社の「作風」は生ぬるいものではなかった。さらに最後の追撃もあった。

新潮 では、最後にお聞きしたいことがあります。DJであり、オタク「評論家」なのであれば、現在騒がれている酒井法子被告・高相祐一被告についてお伺いしたい。同じDJとして、また評論家と言うなら「言葉」にして語ってみせてください。今すぐ、ここで! クラブやDJにとって、いい迷惑だとか、おっしゃりたいとか?
 「DJサイバーのりP」と「DJメカヤクザ」では音色音源など、DJとしての「作風」は異なるとは思います。
ただし、ボクはすべてのDJやクラバーの選挙などによって、正式に選出されたような立場ではありません。なので彼らの声を「代弁」するようなことはとても出来ません。ただ、一言言うとしたら、「もし、ボクが酒井・高相被告に問われている容疑がかけられたとしたら、メディアからは〝ヤク八郎〟と記されたいですっ」!
新潮 (大爆笑)それなら、ウチ(『週刊新潮』)の読者年齢層でも理解可能な表現です! 
 70年代のオイルショック(Oil-Shock)を実体験している方々ですねー。
(何か自分の中で〝言葉〟が破裂している実感があった)
新潮 まさに「宅八郎節」ですねー。今日はありがとうございました。
 『週刊新潮』さんには、どのような書かれ方、取り上げられ方をされても構いません。ただ、掲載誌の送本だけはよろしくお願いいたします。

取材を受けた25日夜、ボクの頭の中ではすでに「とび職」という言葉がわんわんとCompressorをかけて、最大限のLimiterを切った結果、とてつもない音圧になっているサウンドとして聴き取れていた。
問題はボクの予感なり予想が的中するか、だった。あとは「頭脳対頭脳」「感覚対感覚」だけだ。

さて。
そして、ボクの記事は10月26日午後(夜ではなく早めの時間)に校了していると思われる。週刊誌の印刷所としては珍しい大日本印刷だ。ただし『週刊文春』編集部のすぐ横に××印刷×××があるように、『週刊新潮』にも大日本印刷の部署が隣接しているかは知らない。しかし、新潮社と大日本印刷本社とは歩けるほど、わずか1キロほどしか離れていない。
そして『週刊新潮』は、10月28日に編集部に大日本から納品された後に、担当編集者によって、ボクの自宅に送本されてきた。届いたのは昨日29日だ。
ただし、ボクが感じ取った動きは28日、電車内「中吊り広告」だった。それはこの一連の文章の(1)に記している。中吊りの一行を視て瞬間的に思った。
「勝った!」って。
たった、つかの間に過ぎません。しかし、少なくとも、その時点では思った。『週刊新潮』の作風から考えれば、逆襲してくる可能性はあって、もちろんボクは今後「征伐」されちゃう可能性だってあるかもしれないが。。。

現在発売中の『週刊新潮』記事はもはや〝新潮社と宅八郎の合作〟とさえ言える奇跡的な着地点を見せている。
●見出しタイトル「糊口」
●中見出し「とび職」
●KinKi Kids「きんき」Tシャツ
それぞれの総合バランス。

では、ボクの「とび職」への道、また新潮社の作風についての見解は、まだまだこれから記していくことにする。

(つづく)

※なお、ボクは受けた取材について、いちいち、こんな風に取り上げるようなことはしません。これは相手が新潮社だったから面白いと思ったんです。今後、ボクを取材する関係者さまは御安心下さって大丈夫ですよん♪

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「宅八郎容疑者」としての見解、声明だよ〜♪(3)

読者のみなさんへ
注意があります。『「宅八郎容疑者」としての見解、声明だよ〜♪』という長文記事は(1)から(3)まであります。しかし、深夜から早朝にかけて発表していったために、順番が(3)〜(1)に掲載されています。
文章には流れがありますから、可能であれば(1)〜(3)の順番でお読み下さい。


「宅八郎容疑者」としての見解、声明だよ〜♪(3)(長文)

状況の変化がなければ、報道ももうそろそろでしょう。
テレビ番組ではボクが把握している限り、今日25日(日)朝8時〜放送の日本テレビ系『TheサンデーNEXT』(司会・徳光和夫)で取り上げられるようです(9時くらいではないかとのことですが、変更される可能性あり)。

さて。今回の事件の取り調べの中では、ボクが書き記したネット上の文章表現が問題とされているわけですが、最初は捜査員も緊張しているようでした。
いわく「何が書いてあるのか、秋葉系とか渋谷系とか、警察では分からない面が多かったです」「さらに宅さんの文章は専門用語が多くて、広い知識がないと、私の頭では難しすぎました」。
しかし、取り調べとはいっても、次第にお互い、なごんでくる面はあります(油断は禁物ですが)。
「宅さんのブログの文章って、ところどころギャグが入ってるでしょ。ホンマのところ、私は笑えましたよ」「それから韓国の話が面白くって、もっと読みたいです。私も韓国旅行に行きたくなりました」。
そこでボクも「どのへんのギャグが面白かったんですか?」と聞いてみました。すると、「私たち関西人でしょ。ベタなギャグが大好きなんです。たとえば〝女医とジョイ〟なんてダジャレは最高で、警察でも大爆笑してました!」
ウケるポイントは人それぞれです。
そこで、ボクも捜査員に提供した四方宏明資料の中から、「これ見て下さいよ」と、神戸に本社があるP&Gからの内部告発資料をボクが見せたら、「ええー、確かに神戸にあるあそこの大きな建物は知ってますが、社内事情はこんななんですかー、そんなー」と爆笑。

しかしながら、取り調べでモメる「場」もありました。あ、読者のみなさん、誤解しないで下さい。机をガンガン叩かれたとか、暴行を受けたとか、「今、吐いたほうが楽になるぞ」と言われたとか、そんなことは一切ありません。
供述調書の作成で、ボクが「このあたりから文章を盛り上げてみましょう」とか「グッと面白い調書にしましょう」とか「もっともっとキャッチーに書いて下さいよ!」とか「書くスピードが遅い!」とか、ガンガン攻めていったのはボクだったからです(笑い)。
ボクはスパークしてくると、そこがどんな場所であっても「劇場」になってしまうんですね。

ふとボクが捜査員に「宅八郎の取り調べって、どうなるんだろうって事前にどう予想してましたかー?」と聞いてみると・・・。
「宅さんが、〝黙秘〟と最初に一言だけ言って黙り込んでしまうんじゃないか、とも思ってました」とのこと。ところが、むしろスパークしたボクが多弁になる姿を見て、「昔からテレビで見させていただいて、宅さんの力説ぶりに感動していたんです。このエネルギーは何なんだと。宅さんは文章でもテレビ出演でも、こうした取り調べでも、本当に熱く語る方なんですね」と感心してくれてました(苦笑)。

今、少しは笑えるようには書いているつもりですが、ただし捜査員はしっかり「仕事」もしようとしてました。
たとえば、刑事事件の調書では「動機の解明」がなされている箇所を作る必要があったでしょう。しかし、ボクは権力側が期待しているような意味合いでの「動機」は一切語りませんでした。刑事ドラマや時代劇に見られるような「怨恨の線から犯行に及んだ」という文脈はないわけです。
そこで「主義主張なら語れますよ」と言いました。
「では、宅さんのお話しを聞かせていただきます」とのことだったので、ボクが演説をえんえんと始めたところ、しばらくして「宅さん、もうカンベンしてください」。
演説は〝言葉責め〟であり〝拷問〟だったのかもしれません(苦笑)。
しかし、ボクが「調書に署名捺印するのはこのボクだ。〝聞け〟〝書け〟!」とエスカレートしてくると、「申し訳ありませんが、宅さんの言うとおりの調書は作れません、ホンマすんません」だって。

また、笑っていた捜査員がこちらをキッと見据えてきたこともありました。
「兵庫県警の広報についてですが、すでに内部で相談してきました。こちら側から積極的に報道機関に情報をリークしようとは考えていないとのことです。ただし、もしかすると、漏れてしまう可能性はありますが・・・。しかし、どうして、こういうことを被疑者である宅さんに伝えるか、分かりますか?」
「宅さん、あなたは書くでしょう・・・。あなたは、こうして強制捜査を受けたこともきっと書くような御方だと思います。その場合、警察にも体面がありますから広報が動かざるを得なくはなります。出来れば避けたいですが」。

確かにボクは書類送検の前に原稿を書き記して発表するつもりでいました。しかし、順番が逆になってしまったのには理由があります。
それは兵庫県警が次のようにボクに告げていたからです。
「年内、おそらく12月にもう一度取り調べを受けていただくことになります。それは任意になるか強制になるか分かりません。任意だとは思いますが。その後、警察と検察が相談して判断していくことになるか、と思います」。
そこで、ボクは年をまたぐことになるな、と考えていました。ところが、一昨日、10月23日に捜査員がボクに電話をしてきたのです。
「じつは検察庁と打合せの結果、明日書類送検することになりました。どうして、このことを前日の今日御連絡したかと言うと、すでに報道機関から兵庫県警に取材が入ってしまったからです。事件が報道されるのは確実です。私たちは一次捜査機関です。あとは検察庁の判断にゆだねます」。

そして、この事態になっているわけです。

さて、取り調べにあたった捜査員のしっかりした仕事ぶりについて、最後に書いておくことがあります。
ここは調書の上で「情状酌量」の余地について記す必要があったのだと思いますが、「最後に被害者の四方さんに言いたいことはありますか? 謝罪する気持ちはありますか?」と聞いてきたわけです。「謝罪の意志」の確認です。

ボクは即答しました。
「四方宏明から謝罪してもらいたいと思っています、出来れば土下座で。Do Get Thatと書いて」!
「こんな下らない事件に税金使うようなことはおかしいですよ」!
取調室には捜査員が2人いましたが、その場は一瞬止まりました。通常の取り調べでは考えにくい状況、被疑者の言葉だったのでしょう。
数秒経って、「そういう調書は作れません」。
検察庁に送る調書としてマズイと考えたであろうことは想像に難くありません。しかし、ボクがさらに強く「供述調書の任意性について考えるなら、ボクの考えをしっかり記してもらいたい」と主張すると・・・。
「少し待って下さい、上司に相談してきます」と部屋を出て行った彼を少しのあいだ待たされていました。しばらくして捜査員は戻ってきましたが、「やはり調書にはスタイルがありまして、宅さんの言うとおりの調書には警察としてはできません」とのことでした。
ボクは言いました。「それが警察の『作風』なわけですね」。
もしかしたら、ボクの取り調べに当たった捜査員は次のように思っているかもしれません。
「宅さんは、もう沢山」。

このようにして、兵庫県警にとっての警視庁の協力を得た、東京での3日間は過ぎていったわけです。加えて、ボク一人の取り調べだけではなく、「この事件に関して東京での捜査が他にもあるんです。そのための令状も多数用意してきています」と言っていました。今回の強制捜査に関する捜査令状は相当の枚数になっているようでした(おそらくボクの契約プロバイダやmixi、各ブログ運営先のサーバに関するものもあったかもしれません)。ですから、きっと他の捜査員もあわただしく動いていたことでしょう。
また、内偵捜査(ボクが自宅にいるかどうかの確認)のために、8人全員ではないにせよ、3日以上の東京滞在を余儀なくされる状況はあったでしょう。
それらの出張費、捜査費用はいったいいくらになっているか聞きましたが、教えてはくれませんでした。しかし、神戸での捜査を考えるとそれ以外の予算も割かれたはずです。オタク評論家・宅八郎ごときのこの程度の下らない事件に多くの税金が投入されたのは事実です。四方宏明によって。今後も事態がどうなっていくか分かりませんが、検察庁が起訴に踏み切るなど、場合によってさらに血税が使われることになるのかもしれません。
ただし、ボクは「被告」になる覚悟は出来ています。

さて、「脅迫」についてです。
ボクは四方宏明に対して、「畏怖させたことも、害悪の予告をしたこと」もありません。「四方の生命、身体、自由、名誉または財産に対し害を加える旨を告知したことがない」わけです。あくまで、「表現手段」の一環として、「真実の追究」を目的として、「過激な表現」で原稿を執筆しただけです。
このあたりは、みなさんにも見解の相違があるでしょう。
しかし、研究者や学者、評論家やジャーナリストなどの「論争」にはかなり「過激な表現」の応酬がなされるケースはあるのではないでしょうか。もちろん、論点が異なる場合、異論反論によって「相手の社会的評価を下げる結果にいたる文脈」もあろうかと思います。それらは「脅迫」とはされていないですよね。
また当然、テレビでも報道でなく時代劇として『必殺仕事人』というタイトルなどは問題視されません。

「文脈」とはテキストに対するコンテキストという意味です。
「法」と「道徳→社会的規範」の問題には、今までのボクは留意し続けてきました。つまり、「ルールとタブー」ですね。ボクはルールは守ろうとしていますが、タブーは超えても構わない、と考えているわけです。

ボクは過去にその名もズバリ「処刑宣告」(太田出版刊)という書籍を出版したことがあります。また、1990年のデビューから約20年間にわたっての、ボクなりのメディアでの「表現」として、書籍や雑誌などで「殺す」と書いたことも何度もありますし、「刺す」と書いたことさえもあります。「死刑」と書いてもそれは『がきデカ』的表現で、個人が死刑を執行することは出来ません。また、放送メディアであっても生放送で共演者に対して「死んでもらいます」だの「明日からあなたを処刑することにする」と発言したこともあります。
もちろん、ボクはこの人生において「殺人」なり「傷害」などの前科もなければ、嫌疑をかけられたこともただの一度もありません。
なので、それらはもはや表現者としての「作風」「芸風」としか言えないものなんですね。

また、そうしたボクの作風・芸風(独自の表現手法)については知人であった四方宏明も理解していたはずです。コトバを使う、著名な音楽評論家・四方に、その理解がない・なかったとは到底思えません。そうは言わせません。なのに、被害届提出という方法を執った四方は自覚的であり、ボクの表現で言うなら「あまりに卑怯だ」とも思えます。

音楽評論家として「先生☆」を名乗り、人にモノを教えるような態度で「上から目線」で記事を執筆している四方宏明。しかし、いざとなったら「脅迫の被害にあった一会社員です」なんて言えるの、おまえ!
しかも、ボクが大阪で最初に会った際には、会社の名刺と2枚受け取った記憶があるよ。外資系大手企業であるP&Gの「部長」(だかエライ立場)にある自分を自慢してたじゃない。ボクは底辺の人間だよ。実名で音楽評論をしていて、そのことを会社も知っているじゃない。それが、いざとなったら「一会社員が実名や会社名さえも宅八郎によって明らかにされてしまった被害者なんです」とか、「泣き芝居」もいい加減にしてほしいよ!
四方、おまえ、書いたものに責任を負えないの? ボクは今回、執筆責任を追及されているんだよ。その上で主義主張は展開していくよ。それがロックだ、ポップだ、パンクだ、宅八郎だ。

ボクは一会社員に過ぎない「一般人」に対して、逆恨みをして攻撃を加えるなどということは過去にも現在にも考えてもいません。

一般的な意味でのネット上での「犯行予告」について記します。
2000年の西鉄バスジャック事件(ネオ麦茶事件)や、2008年の秋葉原無差別殺傷事件のように、ネット上での「犯行予告」「殺害予告」をした上で凄惨な事件が引き起こされるような時代にいつしかなってしまいました。そのために、「本気じゃなかった」「冗談だった」というようなネットでの安易な書き込みにさえも警察は対応し、それが取り締まりの対象となる時代になりました。
それらは「脅迫」だけでなく「業務妨害」などの容疑にもなりえます。
ボクもそうした事件はとんでもないコトだと考えていますし、安易で無自覚な匿名での書き込みはどうか、とも考えています。

しかし、ボクは冷静に思います。
それらに世間が過敏になり、人々が何らかのおびえを感じ、得体の知れない恐怖が世を包むのはなぜだろう、と。
それは一つには「素性の知れないどこかの誰かが、理由が見えない無差別大量殺人を起こすんじゃないか。いつ、どこで、誰が被害に遭うか分からない。自分がいつ殺されるか分からない」という恐怖心なのではないかと考えます。

ところが、今回のボクの事件はまったく性質が異なるものです。
匿名でなく「宅八郎」と名乗ったボク個人が、不特定多数ではなく(無差別とは言えない)「特定個人」に対して、さらには社会にもエンターティメントを提供する形での、あくまで「表現」としての「処刑宣告」だったからです。そこには、相手が著名な音楽評論家であるために、社会的公益性を鑑みる考えもありました。
もちろん、ボクの「処刑宣告」や「ブッ殺します」「地獄行きです」「死刑」といった表現は、当然、人間としての生命を絶つという意味での殺害予告ではありえません。

しかし、ボクの「作風・芸風」、その「表現」や「言葉選び」が時代によって解釈が変わってくることもあろうか、とは思います。ただ、頑固者なボク自身は変わっていないということでしょう。昭和の人間ですから。
「表現」とは何なのか。
「表現の手法」「言葉選び」はかつて議論された「言葉狩り」という文脈(神戸に住む大作家・筒井康隆氏の一時的な〝断筆宣言〟もお調べ下さい)や、「差別用語」(放送禁止用語など)の問題にも通じています。
新聞社や出版社には校閲部があり、テレビ局には編成部があります。「社としての一貫した姿勢」は出来るだけ徹底しようとします。
時代によって、メディアで過去に不適切な「言葉」や「表現」があったものが、ある時代には「自主規制」によって表現を変え、次には「むしろ、それは逆差別になるのではないか」と判断される時代もありましたね。また、言葉や用語の「言い換え」をしても、本質は何ら変わりはないのではないか、とメディアが自問自答している面もあるか、とは思います。
メディアもそれぞれに「表現の手法」を模索し続けています。しかし、ボクはフリーランスですから、「社として」ではなく「個人として」、そうしたことを検討・研究していく必要があります。その「余地」は大いにあります。

「表現の自由と不自由」とは何かをボクは考えていきたいです。しかし、ボク自身の姿勢は今後も何ら変えるつもりはありません! 反省? 冗談じゃない! ボクはそういう人間です! 
それが宅八郎だ!

最後に。
かなりの長文になってしまっているとは自覚していますが、分かりにくい面はまだあるのかもしれません。ただし、ある程度、ボクなりに合理的な説明をしたつもりです。必要があれば加筆もします。また状況が変わるようでしたら、みなさんに一定の理解が可能かも知れない説明をさせていただけるような、表現の「機会」と「場」があれば、幸いです。

(現時点での声明、おわり)

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「宅八郎容疑者」としての見解、声明だよ〜♪(2)

「宅八郎容疑者」としての見解、声明だよ〜♪(2)(長文)

捜査の流れについて、話を戻します。確実な動きがあったのは、つい先頃のことでした。
10月6日午前7時に、ボクは突然、兵庫県警東灘警察署警部補のS氏からの電話連絡を受けました。ボクはたまたま自宅を留守にしていたのですが、自宅をいきなり来訪したというのです。
(後に捜査員から聞いた話では、数日前から、自宅にボクがいるかどうか内偵捜査をしていたようでしたが、電気を付けっぱなしにして外出していたためw、分からなかったようです)
その通話で同署警部補S氏は「電話ではお話しできないことなので、突然来たのですが、兵庫県神戸市に住んでいる音楽評論家・四方宏明氏のことで少しお話しを聞きたいのです」とのことでした。
ボクは「病気治療のため、自宅に戻れるのは午後になる」ことを告げたところ、「では午後2時に再来訪します。それまでは警視庁の協力を得られていますので、所轄の警察署で待機しております」ということになりました。
この電話でボクは「事情聴取は任意か強制か」を警部補に確認しています。その上でボクは「場合によっては弁護士に連絡を取らざるを得ないですから」と話しました。
すると警部補は「弁護士の先生に連絡を取っていただく必要はありません。もちろん任意ですので、拒否なさることも可能です」との応えでした。
ただし、ボクにはやましいところは一切ありませんでしたので、「事情聴取を拒否しません。積極的にお話しします」ということになったわけです。

お昼に自宅に戻り、待っていたところ、午後2時少し前にドタドタと兵庫県警の捜査員8名がやって来ました。ボクは話を聞くだけなら、せいぜい2人くらいだろうとお茶を用意していたんですけどね(苦笑)。8人という人数。東灘署だけでなく兵庫県警本部の人間も加わった合同捜査の形でした。人数の多さに驚いていたボクに、捜査員たちは、いわゆる「家宅捜索差押え令状」を見せ、部屋に入ってきました。その令状に記された「脅迫罪」というボクにとっては不本意な被疑の記載を見ました。ボクは「任意でというのは、警察によるまったくのウソで、強制捜査だったのだな」と気づきました。

ただ、ボクは冷静にむしろ笑顔で「兵庫県から東京まで8人という大人数でわざわざ遠くまでいらっしゃって下さってありがとうございます。押収したいものは積極的にどこにあるか、お教えします」と応えました。
実を言うと、ボクはこの家宅捜索の一部始終をICレコーダーで録音していました。また、一部になりますが、小型のハイビジョン・ビデオカメラで映像記録しています。
ボクがなぜこのような準備をしていたかというと、以下の理由があります。

1.ボクがネットを中心に音楽評論家・四方宏明の批評論評を続けていたこと。ただし、これは憲法が保障する「表現の自由」の範囲内でボクは「真実の追究」を目的として執筆活動をしていたつもりですが、ボクの文章スタイル、作風・芸風は、世間には「非常に過激である」と受け止められる可能性を考慮し、覚悟していたこと。
2.ボクは音楽評論家・四方宏明とはあくまでも「言論」の範囲で「論争」を希望していたにもかかわらず、四方宏明は誠意ある態度をまったく見せず、四方はどうやら「お上に言いつけるかもしれない」不穏な動きを察知していたこと。
3.文筆家として活動していた経験から、警察権力を100パーセント信用していなかったこと。
説明します。ボクは1994年に「言論の自由」「表現の自由」をめぐって、別件不当逮捕された経験があります。〝当て逃げで逮捕〟という記憶がある方がいるかもしれませんね。しかし、内実は違います。まず、接触交通事故はすでに示談が成立していましたし、さらに真相・深層はあったのです。その際は道路交通法の「報告義務違反」(交通事故を届けなかったという微罪)での別件逮捕でしたが、その裏にあった〝本件〟は日本を代表する出版社「小学館事件」でした。関心を抱かれた方がいれば、ボクの著書『処刑宣告』(太田出版)をお読み下さい。
交通違反の捜査だというのに、当時の自宅に家宅捜索が入り、パソコンを調べられ、デジタル・データ、テキスト・データまで、すべて押収されています。交通違反で、ですよ(苦笑)。また取り調べも〝本件〟について行われています。
ただし、この事件に関しては逮捕前から釈放後まで、ジャーナリストの本多勝一氏や作家の安部穣二氏、ミュージシャンの小山田圭吾氏などから多大なるご支援をいただきました。
要するに、今回もボクは言論に対する警察権力の介入を予期していたことになります。

では、話を今回の家宅捜索に戻します。
自室でまず聞かれたことはパソコンのハードディスク容量でした。
「4テラ以上です」。
ボクがそう応えると、その場の空気が凍り、捜査員たちはため息をついていました(※4テラというと4000ギガ程度になりますが、テラはネット用語では「非常に」とか「とても」のような意味でも使われますね)。
「4テラ以上」と聞いて、固まっていた捜査員に対して、ボクは「何ならすべてを持って行ってくださっても、何をお調べになっても結構です。あ、そうだ、よくテレビで強制捜査のニュースが流れると、捜査員さんたちが段ボール箱をせっせと運んでますよね。いっそ、引越してくださってもいいですよ。引越手伝って下さい」と応じました。すると、兵庫県警捜査員たちは「それは・・・できません」とのことでした(笑い)。
「勝手にどこでもデータを捜してくれ」とボクは放置して見ていても良かったのですが、とても、彼らだけでは必要な資料を捜し出すことは不可能だろうと、ボクは考えました。デジタル専門の捜査員もいたのですが「Macはどう操作すればいいんだ?」と良く分からないようでした。

そこで、次々にボクは積極的に、四方宏明に関する資料をパソコンのハードディスクや記録メディアから提示して捜査員に提供しました。兵庫県警が求めてきたのは、ボクが国内最大手SNS「ミクシィ」の日記に記した文章(同社によって削除済み)、および、大手ブログの「アメブロ」(サイバーエージェント)と「ココログ」(ニフティ)に記した一連の文章とその資料などでした。
取り調べにあたった捜査員によれば、四方宏明は兵庫県警に対して一通ではない複数の「被害届」を提出し、受理されています。一通が「ミクシィ」に関するものだと説明され、さらに「アメブロ」と「ココログ」に関するものもあったか、と思います。最後の被害届が受理されたのは8月25日とのことでした(ボクが四方に言及した最後のブログ更新日が7月11日ですから、その時差は不思議ですね、四方!)。
捜査員からは、複数の被害届があっても、「事件は包括的に扱います」と説明を受けました。

ボクはせっせと資料をプリントアウトし、電磁記録データを提供し、パソコンやネット接続機器類などの押収に協力しました。その間も捜査員はボクの姿やディスプレイの画面など、次々に写真撮影していました。モデルもこなす宅八郎です。
押収物はパソコン本体そのものだけではなかったのですが、ボクはMacProというデスクトップとMacBookProというノートの2台のパソコンを使っています。しかし、MacProのほうはあまりに巨大すぎて重く(笑い)、捜査員たちはあきらめたのか、「パソコンの押収はノートのほうだけにします」ということになりました。

さて、捜査への積極的な協力によって、つまり、ボクは「逃亡のおそれがないこと」「証拠隠滅をするつもりは一切無いこと」を捜査員に示したわけです。これらは逮捕要件に関わるものだということは、法知識がある方にはご理解いただけるかと思います。

一段落したところで、ボクは彼らに告げました。
「ガサ状以外にフダもあるんでしょっ。捜索令状の次に今からボクに提示する、2枚目の令状を用意してきているんでしょう。であれば、ボクは弁護士の手配連絡をしたいですし、〝宿泊〟の用意もしたいです」と。
捜査員8名は少しあわてたようでした。ボクに対して「た、宅さん、2枚目の令状は今は用意していません(その後、逮捕令状、身体捜索令状が用意されるかもしれないという覚悟はありました)」。捜査員は話を続けました。「お話しをお聞きするのはあくまで任意ですから、弁護士さんや宿泊の用意はけっこうです」と告げてきました。「宅さん、警察をどうか信用して下さい。お約束いたします」とも言いました。
信用や約束があてになるかどうかは人の判断によりますね。
ボクは「分かりました。任意であれば、この自宅でお話しすればよろしいのですね?」と確認しました。
ところが、兵庫県警の捜査員たちは「供述調書を作成する取り調べですので、警視庁の取調室にしていただきます。ただし、今日は必ずお帰り頂けます。この自宅までクルマでお届けします」とのことでした。ボクは「警察って、もしかすると、密室での取り調べが好きなんだろうなあ」と思いました。

ボクは一般的な人間であれば「深刻かも知れない状況」をゲームのように楽しんでしまう性格のようです。捜査員の指示にすべて従うことにしました。

警視庁に移送されたボクは、積極的に取調室という「密室」での供述書作成にお付き合いすることになりました。じつはそれもボクは録音していたのですが。
捜査員は次のようにボクに告げました。「明日と明後日も事情聴取します。ただし、身柄拘束をする予定はないことは先ほど宅さんにお約束したとおりです」
体調が悪く、任意での取り調べとしては、もしかすると長時間になる供述調書作成は進んでいきました。ただ、ボクとしては「任意であれば、明日は病院への通院予約もありますし、今日可能な限り進めていただきたいです。ガンガンお互い頑張りましょう!」と告げました。
ところが、不思議なことに「今日はもうお帰り頂きます。明日、明後日進めます」とのことでした。

そこで、ボクは自宅に移送され、深夜から早朝にかけてメモや資料をまとめていたのです。兵庫県警の真意をはかりかねているボクが、睡眠不足の中で資料を記していた理由があります。
「捜索令状では〝被疑者不詳〟となっていたが、供述調書の段階で〝被疑者・宅八郎〟と変わっていたな。つまり、家宅捜索によって特定したわけだ。すると、確かに今日はもう一通の令状を用意してきていなかったのだろう。しかし、新幹線などの交通手段の限界で今日用意できなかったのかもしれない。早朝に兵庫県の裁判所に駆け込んで、発令してもらった逮捕令状をあわてて東京まで用意してくるつもりではないか。その可能性はゼロではないな」
ということです。

そこでボクは万が一、逮捕された場合に自動的にマスコミ報道機関各社に流れる「声明」を用意していたのです(苦笑)。時限セットしてあったそれは結果的には〝お蔵入り〟になったわけですが。

睡眠不足と過労の中で、3日間の捜査は進んでいきました。
ただし、それは過酷なものであったか、と言えばそうではありません。「自白を強要された」とかそういうことはありません。「むしろ逆」ですが、そのあたりを説明していきます。取り調べにあたった捜査員と談笑しながら、という感じもお伝えします。
もちろん、ボクは真剣勝負であり、細心の注意を払っていました。
たとえば、供述調書を作成された経験のある方であれば分かると思いますが、作成法としては、その人の話を聞いて、捜査員が調書を執筆します。作文です。そして、最後に調書を本人に「読み聞かせ」て、本人が認めたものとして、署名と捺印をするわけです。
ボクは話をする際に瞬時に頭の中で文案を考えて、そのまま文章にしやすく話すようにしていました。
また、最後に調書を読み聞かせる際、供述調書は捜査員の側に置かれています。対面しているボクからは逆さまなので、眼で追おうとしても困難です。
ボクは供述調書の文章を捜査員がそっくりそのまま読むかどうか、疑問も持っている人間なので、「ボクは耳で聴いて理解できない面があるから、自分の眼で読ませてくれ」と、調書をひっくり返して自分で読むことにしました。最初はすごく嫌な顔をされました(苦笑)。そして、読んでみて少しでも文面に違和感があれば、訂正させました。訂正だらけになりました(笑い)。そして最後に署名と捺印をする際にも、「一行空けて」といった指示は無視して、すぐに書き込んでいます。どうしてかというと、空白の一行に後から何かを書き加えさせないためです。

そうした作業の流れで、いくつもの供述調書作成は進んでいったわけです。
捜査員の人柄は大変良かったです。談笑していた部分を説明しますね。
この「事件」について話をしていく、あいだあいだに雑談もしています。
すると、ボクのことを相当調べてきたらしく、ボクがヴォーカルをつとめるバンド「ハチロック」や「DJメカヤクザ」についても、「じつはYouTubeで見させてもらったり、ネットで色々調べてみたんですよ、音源ないですか?」などと興味津々で語りかけてきました。
さらに「CLUBって行ったことないんですが、どうなんですか? 行ってみたいんですけど、私でも大丈夫ですかね、どういうファッションで行けばいいですかね?」など。

みなさん、どうです。兵庫県警でも話題沸騰のハチロックやDJメカヤクザの出演オファーをお待ちしております!

(「3」につづく)

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「宅八郎容疑者」としての見解、声明だよ〜♪(1)

「宅八郎容疑者」としての見解、声明だよ〜♪(1)(長文)

オタク評論家の宅八郎です。
この肩書きは20年近く使っていますが、現在では音楽活動も加わったりしています(a.k.a.h.a.t.a.[DJメカヤクザ]など)。
まず、これまでボクが音楽評論家・四方宏明について記した文章はアメブロ・ココログに記していますので、より詳細を深く知りたい方はバックナンバーにお目を通していただければ、と思います。mixi日記は運営事務局によって、複数一気に削除されてしまったので、〝暗喩〟としての日記しか現在は見れないかと思います。
なお、mixi運営事務局とのやり取り全文公開もブログではしています。

昨日から今日までに多くの取材を受けましたが、たとえばテレビだと「宅さん、画面の背景にマジックハンドを置いてくれませんかね」というような「絵づくり」に協力したりもしました。これは報道とか情報番組であっても、「面白くしたい」見えない意志がどこかにあり、ないしは「視聴者も面白がっている」とも言えます。そういうものです。
なお、テレビ番組ではボクが把握している限り、明日25日(日)朝8時〜放送の日本テレビ系『TheサンデーNEXT』(司会・徳光和夫)で取り上げられるようです(9時くらいではないか、とのことでしたが変更される可能性あり)。

さて、では今回の書類送検について、本人から記していきます。
覚悟をしていたのでショックを受けているような感情は一切ありません。
まず、有名人や芸能人に何かがあった際に口にする、よくあるような言葉がありますよね。
「まさか、こんなことになるとは思いませんでした」とか「被害者に対して謝罪したいです」とか「世間をお騒がせして大変申し訳ありません」とか。
そういった言葉はボクの口から一切口にする気はありません!
ボクによる音楽評論家・四方宏明への「処刑宣告」にいたる経緯は後述しますが、脅迫容疑で書類送検されてボクは容疑者(被疑者)になったわけです。
しかし、これはある意味での〝研究者〟による「論争」というべきものであって、国民の税金によってまかなわれる「予算」で捜査、送検という事態になったのは、当事者のボクとしては残念であり不本意です。言論に公権力が介入するのはどうかと考えているからです。
今後、ボクが「被告」の立場になるとしても覚悟はしています。

ボクが書き記した「処刑宣告」「ブッ殺します」「地獄行きです」といった表現が今まさに問われているわけですが、そうした言葉選びを20年近くしてきたボクの「作風」「芸風」についても説明していきます。

では、今回の書類送検にいたるまでの捜査の流れを2ブロックに分けて記します。

まず、今年の3月19日23時半頃にボクはmixi日記で、四方宏明に対する「処刑宣告」をしました。なぜ、そうした流れになったかは後述します。
そして、日付けが変わった3月20日になって、当時マイミクであった「先生☆」こと四方宏明が、ボクの日記を読んだようです。そして、翌21日夜には、神戸にある四方の自宅で、兵庫県警の警察官に「相談」をした事実があります。事実となぜ言えるのかと言えば、四方宏明がmixiメッセージでボクに伝えてきたからです。「警察」「被害届を出すかどうか・・・」といった、そのメッセージ文面にはどこか「お上の後ろ盾をちらつかせて、威圧する」ようなニュアンスがありましたから、ボクは当然不愉快な気持ちになりました。

つまり、兵庫県警による「事件」の把握は3月21日ということになります。その後、四方が弁護士に相談していたらしいことは知っていますが、最初の被害届を提出し、それが受理された年月日はボクは知りません。6月という報道もありましたが、それが複数ある被害届のうち、最初の一通目かどうかウラは取っていないでしょう。
もちろん、ボクは兵庫県警が数ヶ月かけて、どのように「事件性」を考慮し、「立件」に向けて動いていったか、そのすべては知りません。
では、ボクに対する強制捜査の実態はどういうものだったか、は話が前後してしまいますが、後述します。

「アメブロ」「ココログ」のバックナンバーを読んでいただければ、詳細が分かりますが、ことの発端は2007年11月5日付で、Webサイト「All About」(オールアバウト)に掲載された「アキシブ系〜侮れないアニソン」という四方宏明が執筆した原稿、ということになるか、と思います。
ところが、ボクはこの文献の存在を今年2009年初春まで知りませんでした。
その頃、ボクが「渋谷系」という言葉への違和感から、自分は「秋葉系」でも良いだろうが、正確には「上野系」だな、などと用語のぼんやりした認識整理をしていたのです。そこで秋葉系と渋谷系のMIXとされる「アキシブ系」という言葉の意味合いを調べ直したところ、重要文献とされていた四方宏明が書いた記事を発見したという事情があります。
その記事には何とボクの名前も記されていたのです。ただ誤解されたくないのですが、ボクは名前を出されて困るわけではありませんし、秋葉系(いわゆるオタク)のマス・イメージとして宅八郎が登場するのは自然な流れではあります。
しかし、その記事にはかなりの問題がありました。問題だらけです。どう、具体的に問題を感じたか、という詳細はやはりブログのバックナンバーを読んでいただくのが一番良いです。
端的に言えば、そこには差別的文脈が複数感じられた、ということになるでしょうか。たとえば、「侮れない」という言葉の持つ意味は、〝本来侮れるはずの〟という四方宏明の思想が感じられます。この人はこの「侮れない○○」というタイトルの原稿が本当に多いのですが。

ボクが驚いたのは、重要文献の執筆者が四方宏明だったことです。なぜなら、四方とボクが知り合ったのはもう何年も前のことで、今まで何回も会っていたし、食事をしたこともあったし、イベントで共演したこともあったのです。明らかな「知人」です。トラブルになるまではmixiのマイミクでした(ある日、突然姿を消し、アクセスブロックされました)。
2007年11月5日付けで発表されたこの原稿を四方が執筆する直前にも会っています。ところが、「宅さんの名前を出して、こんな記事を書きましたよ」という連絡があったわけでもなく、事前にも事後にも、これまで何も聞かされていなかったんです。ボクは「そりゃ、ないだろよ」と不義理に思いました。もっともこの人のボクに対する悪意についてはそれ以前に気づいていましたが、それもブログのバックナンバーに記しています。

ここで、説明が必要です。
現在はブログなどの手段によって、プロの表現者ではない一般人であっても、その主義主張や意見などなどをネット上で、気軽に発信することが可能な時代です。良い時代とも悪い時代とも言えます。プラスとマイナス両方の側面がそこにあるでしょう。と言うのは、相当に考えが歪んだ記事や差別に直結するような記事など、ネットをさまよえば問題の多い日記などはいくらでも発見することは可能です。
しかし、逆にボクは「会社員」「OL」「主婦」「学生」などの一般人が、自分のブログなどで何をどのように書いても、ボクがケチをつけることはまずありえないと思っています。ボクの悪口が書かれてあっても構いません。

問題なのは、四方宏明が音楽評論家を名乗って、著書やライナーノートなど複数執筆し、テクノポップという分野では著名な人間だということです(いわゆるテクノポップ以外の分野での発言も多い)。明らかに一定の影響力のある人なわけです。今回の事件では「一会社員」づら下げてますがっ。
そして、その記事(原稿・文献)が掲載されたのが、〝その道のプロ、資格を持った専門のガイド、有識者が情報を発信〟などと謳っている、「All About」(オールアバウト)というサイトだったこと。これはジャンルによると思いますが、世間一般の方々は、このサイトを見て「専門家の言葉やアドバイス」をそのまま受け止めてしまう可能性が高いわけです。影響力は見逃せません。正すべきは正さなければならないと思いました。
なお、四方宏明は一本の原稿料として5万円を受け取っている事情があります。お金を受け取って執筆された原稿は「プロ原稿」ということになるか、と思います。原稿料相場として5万円はうらやましい話ですが、もちろん、ボクがそれを嫉妬したというわけではないです(苦笑)。

また、Wikipediaも非常に影響力があるサイトだと思いますが、「アキシブ系」という項目からは、四方宏明文献に外部リンクが張ってある始末でした。もはや一記事と言うよりは「重要文献」と受け止められるものです。
この文章はこれまで1年以上2年近く、広く世間に読まれてしまっているだろうなと考えると、クラクラしました。
なお、Wikipediaのその項目はその後、四方の友人によって編集されてしまった結果、四方を擁護する一面を持っていますので要注意です。また、Wikipedia「宅八郎」項目にも明らかな間違い、事実誤認があります(ボクは〝百科辞典〟とされている以上、本人が編集してしまっては主観に他ならず、客観的な記述とは言えないんだろうな、と考えて放置しています)。

さて、そんな四方原稿を読んでしまったボクはどうしたか。
四方宏明は知人といっても「友人」とまでは言えない関係だったために(まあ、彼がお高くとまっていたせいもあります)、ボクと四方との共通の友人を介して、「この記事には相当の問題がある」「他の四方文献も読んでいるところだが、執筆姿勢に問題のある人だ」「ボクも自分の名前が登場している以上、これはどうにかしないといけないと考えている」といった事柄を伝えてもらうことになりました。

ところが、四方宏明からは言い訳めいたメールが一通届いただけでした。言いくるめようとする態度がそこにはありました。それこそ「お酒でも飲みながら、まあまあ」と誤魔化そうとするような態度ですらありました。先に触れた「伝言役」になってしまった共通の友人からは、「宅さんと四方さんが関西で会ってトークをして一件落着すればどうですかね、着地点としては」というような〝提案〟も聞かされています。これは四方の「伝言」という意味合いではないかもしれませんが、そうであるかもしれません(共通の友人は今やボクと四方のあいだに立たされて苦しい立場に悩んでいるとは思います)。

しかし、そんなバカな話がありますか。ネットで広く世間に発表され続けていた記事ですよ。その文献を真に受けた読者も多かったはずです。それを内々の話で済ます、などというのは隠蔽以外の何ものでもないわけです。
ボクは四方原稿の削除は求めておらず、むしろ、四方自らによる「謝罪」や「訂正」、ないしは宅八郎による「注釈」を加えるといった、一般読者にも分かるような透明性のある手段を執りたいと考え、それを伝えてもいたわけです。「密室」で処理するものじゃない。

しかし、執筆者、四方宏明の要請によってAll Aboutはその記事を全文削除してしまいました。ボクは1年以上2年近くも一般読者に読み続けられていた事実がある以上、むしろ流れや論点、問題点が不明確不明瞭になってしまうと考えたわけです。書き逃げである、と。
そこで、ボクは四方宏明の全面追及、全面批判を展開するにいたった、というわけです。彼は著名な音楽評論家です。なので、社会的公益性があるとも考えました。その後、公開質問状をメールで送ったことも何度かありましたが、四方からの返信はまったくありません。
追及・批判は最初にはmixi日記で記していましたが、ある時期に運営事務局に「通報」され、いくつもの日記が一気に削除されてしまったので、「支店」を開設することにしました。それが「アメブロ」と「ココログ」です。削除措置を執り、ボクのアカウント削除もほのめかしてきた、mixi運営事務局とのメールでのやり取りもすべて外部ブログに記しています。

「アメブロ」と「ココログ」を選んだのには深い意味はありませんが、中川翔子さんと眞鍋かをりさんが書いていたからかもしれません。
ところで、先日テレビの取材を受けた際に、ボクのブログタイトルが「宅八郎の処刑日記」となっているのは問題だとお考えですか、四方宏明氏に対するものですよね、というような質問がありました。
ボクは応えました。
「今回の問題がなかったとしても、中川翔子さんなら『しょこたん♡ぶろぐ』、眞鍋かをりさんなら『ココだけの話』というタイトルになるように、宅八郎なら『処刑日記』になるのは、もはや必然です!」と。

(「2」につづく)

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書類送検されたボクの本日最後のメッセージ

さて、その後も今日はTBS、日本テレビ、アメーバニュース、メンズサイゾーなどの取材を受け続けていました。日本テレビは日曜日朝8時〜放送の『TheサンデーNEXT』(司会・徳光和夫)です。

今日は「同じ話を何度もする必要がありました。視聴者や読者が求める、「説明」は同じようなものになるのは仕方がないことです。
ただし、テレビであれば尺の問題(限られた何分何秒という時間)、活字であれば、文字数の問題があります。編集するのはメディアの側です。ですから、ボクの肉声でも「この部分を使う」「使えない」「使わない」という判断はゆだねることになります。

また、報道は客観的に見えるように演出する必要がありますから、ボクの言いたい放題に出来るわけではないですよね。それは仕方ないことです。

結果的には、「この放送」だけを観ると、「この記事」だけを読むと、視聴者や読者には誤解する方も出てきますし、人それぞれの捉え方の問題もあるか、とは思います。

最もボクの「言い分取材」をある程度の文章量を割いて、掲載してくれたのは「メンズサイゾー」でした。

以下がそのアドレスです。
http://www.menscyzo.com/2009/10/post_444.html

しかし、これも「言い分取材」による報道の一つだとは言えます。
今日は取材の連続であまりに疲れてしまったので、あくまでも自分自身の見解を自分で執筆し、発表できるのは明日かあさってになってしまうか、と思います。

どうか、ご容赦ください。

ボクの見解は発端となった「mixi日記」、さらに四方宏明は複数の被害届を出しているために、「ココログ」、「アメブロ」に書き記すつもりです。ただし、mixi運営事務局や各社の判断によって削除される可能性がありますので、それぞれに同じモノを用意します。
なお、各社が削除をした際にはその経緯の詳細を事細かく記すことにします。「談合」があって「各社一斉削除」という事態にならなければ、それぞれに都合の悪い状況を明らかにすることになるでしょう(うふふ)。以前のブログでmixi運営事務局とのメールのやり取り全文を発表したことを確認してみて下さい。

これは主義主張を表明する「場所」の確保という意味ではボクにとっては複数の「保険」になります。
ただし、対立する当事者〝音楽評論家なのか一会社員なのか、態度をコロコロ変える〟自称「先生☆」四方宏明にとっては、複数の「地雷」とも言えます(笑い→これも脅迫になりますか?)

ボクは一会社員である「一般人」に対して、逆恨みをして攻撃を加えるなどということは考えてもいませんし、これまでにしたことは一切ないですよ。


ココログ「宅八郎の処刑日記」
http://takuhachiro.cocolog-nifty.com/

アメブロ「宅八郎の処刑日記」
http://ameblo.jp/takuhachiro/

mixi
http://mixi.jp/show_profile.pl?id=45916

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