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森繁久彌さんご逝去について

満96歳の死でした。若い方、いやボクみたいな40歳代ですら、「ずいぶんご高齢の大物芸能人がお亡くなりになったんだナー」くらいの認識かもしれません。

しかし、ボクは評論家やコメンテーターのように、「森繁久彌の死は〝何か〟の死である」「〝何か〟の死を意味している」というような文章は作文できません。
ただ、非常に深く受け止めるものがあります。そこにはボクが某所で記してきたMICOちゃんのお話なども関係してくるかもしれないな、とも思います。ボクが考えてしまったのは「表現力」とか「狂気とも見える何か」について、です。

訃報を眼にして(耳にして)、すぐに森繁さん御本人にお会いしたことのある芸能人の言葉を思い出していました(それが誰であるかは特に記しません)。話を聞いたのは、確か10年ほどかそれ以上前ですから、それでも森繁久彌さんはどう考えても80歳代であったか、と思います。
ある芸能人の件で、その場に駆けつけてきた森繁さんのお話しでした。「ヨボヨボとした感じでやってきた森繁さんは到底〝老人ぼけ〟しているのではなく、明らかにその深刻な場ですら老いぼれた老人を〝演技〟していて、とてつもなく凄かった」「すべての空気をかっさらっていった」というものでした。要するにぼけているのではなく、〝ぼけ〟をかましていたという話です。

あまりに、世代的に理解できない方には以下のような説明をしておきます。
森繁久彌さんは『徹子の部屋』第一回のゲストで、黒柳徹子さんの胸を触る「セクハラ行為」をテレビカメラの前で行った伝説的な人物であり(何度もそのシーンは再放送されてます)、さらに日本という国で数々の文化勲章を受賞している大変な御方です。俳優としてもコメディアンとしても、偉大すぎる御方でした。

ただし、ここで「芸能人論」「俳優論」「芸人論」、すべてを書き記そうとすると、大変な長文になってしまい、時間もかかってしまうので、避けます。

ボクの活動は音楽に向かっている側面があります。そこで、森繁久彌さんのシンガー・ソング・ライターの部分、しかも一曲についてのみ御紹介します。一発勝負のメモみたいなものです。
作詞作曲・森繁久彌として、最も有名なのは『知床旅情』でしょう。
ただし、これは「オホーツクの船唄→しれとこ旅情→知床旅情」、ほぼすべて同じ曲だと捉えてくださって良いです。

サウンドを考えるのであれば、「音」は以下から聴いて下さい。最も売れたヴァージョンは加藤登紀子さんヴァージョンで、また森昌子さんや、近年では夏川りみさんなどもカヴァーしています。
「歌手」「アーチスト」と言われる方の歌はたいへん歌唱力、実力を感じる素晴らしいものだとは思います。しかし、「狂気」までにはいたっていないかもしれません。
オリジナルは作詞作曲を手がけた森繁ヴァージョンになります。
このサウンドは・・・。すぐに気づかされるのは、女声合唱や録音の不思議さかもしれませんが。
森繁久彌さん御本人の歌唱(音声データ)を数学的に波形で見た場合、「縦軸の正確さ」と「横軸の独自のうねり方」のバランスは特徴的です。
縦軸とはすぐ他人が「音痴」と感じるかどうかであったりします、また横軸も聴く人によっては「音痴」に聴こえなくもないですが、「間」「間合い」というべきものだと思います。ボクはその人の「リズム」や「グルーヴ」だと感じるわけです。
ただ、音楽について深い知識のないボクには解説は困難な面があります。誰か・・・そうだ、山下達郎さんや大瀧詠一さんなどが専門的な解説を語っていただければ、読みたいナーと個人的には思います。

(オリジナル森繁久彌ヴァージョン)

(良く認知されている加藤登紀子さんヴァージョン)

(夏川りみさん&幸田浩子さんライブヴァージョン)

ところで、表現者が持っている真の「情熱」とは、もはや他人には狂気としか思えないものなんじゃないか、とボクは考えています。しかし、社会的評価は別です。それは時として「犯罪」になったり、「文化勲章」になったり、そこは結果論でしかないんじゃないか、とさえ思います。
森繁久彌さんライブ映像であれば、61歳時の動画になりますが、以下の迫力をご覧下さい。これは男声合唱団になってます。

最初の1分ほどは軽く「伊福部昭」な感じを湯船で歌ってみたように見えます。その後に良く耳にするメロディに移ります。
眉毛の動き、眉間のしわ、首のかしげ方、さらに笑っている目つきと笑っていない目つきの使い分け、口元、果てには口ひげさえ動いてしまっているような「表現力」の狂気をお感じ下さい。「笑いながら泣ける人」であり「泣きながら笑える人」がここにいます。
普通に見れば、昭和の名曲を老人がご機嫌に歌っているとお感じになる方もいるかもしれませんが、よくよく見て下さい。
もはや、お客さんを「爆笑させながら、狂い死にさせるパワー」をボクは感じるのです。終盤、早稲田大学生の男性コーラスが左から右へのパンで入ってくる構図など、現在のお笑い番組どころではないですよ。

また、音楽的知識が不足しているボクですが、メロディや音符の何とか進行は、90年以上前の曲「ゴンドラの唄」(1915年)が「元ネタ」かとはおもいます(吉井勇作詞・中山晋平作曲で、この映像でのギター演奏はアントニオ古賀さんです)。
以下の40年以上前の映像では、まだまだ森繁さんはお若いです。この曲は日本映画の天皇・黒澤明監督の名画『生きる』でも有名ですね。ただし、楽曲の「消化」や「展開」のとてつもなさは森繁久彌さんそのものなのです。

ちょっと変わったものが好き、昔で言えばニューウェーブ・マニア、あるいは「サブカル」嗜好など、不思議なもの、どこか狂気を感じさせるものが好きな方が世の中にはいますが・・・。ボクは森繁久彌さんの表現力、これこそ、真の狂気だと考えています。
「笑いながら死にましょう」と森繁久彌さんがあの世から言っている気がします。

ところで、ボクについての例の事件については動きがあれば、書き記します。また、かつてのボク、いや今でさえ森高千里人形で語られることもある宅八郎ですが、どうして「あの時期の森高」にハマったのか、伝える文章も映像資料付きで記したいです。それから、ジャニー喜多川さんが持っている「萌え」についても言及したいです。

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